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イラクの小さな橋を渡って

74-1(341) イラクの小さな橋を渡って
池澤夏樹、本橋成一・写真、光文社、2003

「もしも戦争になった時、どういう人々の上に爆弾が降るのか、そこが知りたかった」という筆者が訪ねたイラクの姿。2002年10月。

国際社会による経済制裁や国内政策のせいで、まるで10年は発展が止まってしまったような車や社会的インフラの状況とは言え、人の生活は存在する。

文化的な違いと、共通の童謡。遺跡などの独自性と車や近代的な物質文明と。

「戦争というのは結局、この子どもたちの歌声を空襲警報のサイレンが押し殺すことが。恥ずかしそうなほほ笑みを恐怖の表情に変えることだ。
それを正当化する理屈をぼくは知らない。」78

本橋成一さんによる美しい写真満載の本である。
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by eric-blog | 2005-01-31 10:35 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

懐かしい名前

懐かしい名前がでてきましたね。

学生時代マクロが流行っていた頃、Galbraithは珍しかった。
BBCの連続インタビュー番組もありましたね。
ゼミでは、ペーパーバックを参考書として使ってました。

Walter Elkanも「An Introduction to Development Economics 」なんていうのもありました。
1. Characteristics of Third World Countries.
2. Explanation of Low Incomes.
3. Trade and Development.
4. Models of Development.
5. Development Strategies.
6. Industrial Development.
7. Small-scale industry and the Informal Sector.
8. Agricultural Development.
9. Foreign Aid and Other Resource Flows.
10. Growth of Population.
11. Employment, Unemployment and Urban Migration.
12. Conclusion.

E.F. Schumacher の「Small Is Beautiful: Economics As If People Mattered 」をゼミでやったときは、目から鱗だった。
PART I--THE MODERN WORLD
1. The Problem of Production
2. Peace and Permanence
3. The Role of Economics
4. Buddhist Economics
5. A Question of Size
PART II -- RESOURCES
6. The Greatest Resource--Education
7. The Proper Use of Land
8. Resources for Industry
9. Nuclear Energy--Salvation or Damnation?
10. Technology with a Human Face
PART III--THE THIRD WORLD
11. Development
12. Social and Economic Problems Calling for
the Development of Intermediate Technology
13. Two Million Villages
14. The Problem of Unemployment in India
PART IV--ORGANISATION AND OWNERSHIP
15. A Machine to Foretell the Future?
16. Towards a Theory of Large-Scale Organisation
17. Socialism
18. Ownership
19. New Patterns of Ownership

こんなのがきっかけで、オリヴェティのタイプライターで、ドット「.」を打つと、穴が開いて向こうから光がさすような、キータッチ(叩き)で、ビルマの経済開発の卒論を書いた思い出があります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
      直井 晴夫
      Haruo Naoi
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by eric-blog | 2005-01-31 09:49 | Comments(0)

ガルブレイス わが人生を語る

73-7(340) ガルブレイス わが人生を語る
J.K. ガルブレイス、日本経済新聞社、2004
John Kenneth Galbraith,
2004年1月に「わたしの履歴書」に連載されたもの。
農業経済から大統領顧問、インド大使、大学教授など、多彩な顔をもつガルブレイス氏の自伝。一ヶ月の連載だから、30章に分けられている。こんな分量だったのかと、驚くような内容の濃さだ。
『ゆたかな社会』1958年The Affluent Society『不確実性の時代』1977年の著者である。それらの出版の経緯とそれぞれの本の内容の要約を知ることのできる本でもある。

社会科学は現実社会にどう役立つかで試されなければならない。23
と考える経済学者が少なかったという1908年生まれの彼が大学生であったころ。1930年代。

そして時代は『ゆたかな時代』となり、必要最低限のものが生産供給される時代から楽しみのためにお金を使う時代へ。何を生産し、売るかが課題になった時代。生産に廃棄物処理という公共サービスが間に合わなくなった時代。環境がキーワードになり始めた時代。112

『経済学と公共目的』Economics and the Public Purpose 1973年 144-145
消費が楽しみに向かうと芸術家の役割が高まる。そこに中小企業の生き残る活路がある。しかし、公共的な役割を担う政府は大企業の影響を受けているという矛盾が起きる。

そして同年、BBCでの番組『不確実性の時代』the Age of Uncertaintyでのナビゲーター。146
それをまとめた本の出版は1977年。

解説を書いている日経新聞の方も言うように、ガルブレイスさんは日本びいきだそうで、こんな一章を含めている。「日本への期待」155-159
日本ではこれまで、製品の生産に関心が行き過ぎたきらがあるのではないか。基本的な欲求が満たされれば、人々の関心はモノではなく、楽しみや知識に向かっていく。そこでどのような新たな消費を生み出すか。
自分のデザイン、自分の創意工夫にもっと自信をもつべきだ。
知的な楽しみを享受する国になっているかどうかを見るために、もう一度日本を訪れたい。

162
われわれが賢く、戦争や敵意に満ちた行動の危険性をよく認識した時に初めて平和という真実が得られるのだ。
平和、貧困の撲滅、自由。
わたしはリベラルでも、保守でもない。人間らしくありたいと思っているだけだ。
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by eric-blog | 2005-01-27 09:27 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

アメリカ・インディアン悲史

73-6(339) アメリカ・インディアン悲史
藤永茂、朝日選書、1974

37
1969年「ニューズウィーク」に掲載された全面広告。『交易所での、不利な取引』
「今日、アメリカの農産物の50%以上がコロンブス以前にインディアンによって使われた作物からなっている。...この400年間、インディアンが使ったことのない薬草を見出すことができない。
ではそのお返しは何か。高い幼児死亡率、短い寿命、施し物への依存、誇りの喪失、数々の病気、時には80%にものぼる失業率」

157
侵入白人によるアメリカ大陸原住民のゼノサイド、土地の収奪を正当化することは不可能である。...しかし、このアメリカという国の最大の特徴のひとつは、...偽善性にある。「正当な理由」は「神の思し召しにしたがって」であった。

----------
もちろん、いま、わたしたちは自分たちを相対化する視点によって、アメリカだけが巨大な偽善にまみれているわけでも、それが単純に「神の思し召し」がドライブだったとも思うわけではない。

しかし、この特徴的な事例から何を学び、次につなげていくかという姿勢は持ちえると思った。

『アメリカ・インディアン--奪われた大地』フィリップ・ジャカン、創元社、1992
これは図版の豊富な本。監修の富田虎男さんが書いている資料編は項目別に彼らの生活を紹介していてわかりやすい。ここにも写真や図解が豊富。
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by eric-blog | 2005-01-27 09:26 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

山本宣治の性教育論

73-5(338)山本宣治の性教育論
山本直英、明石書店、1999

山本宣治の性教育は大きく二つの段階で考えられている。75
「第一に真実の追究である」「真実を追究する「科学」教育である。
「第二に「自知・自敬・自制」を養う」78
「性行動は自律に期待する私的な領域である。...そのため「多様な人々と共生」できるような社会を実現しよう」
科学教育・人権教育・自立教育・共生教育の4つで構成する。

その実践が対峙するものとは
1. 純潔教育または管理教育型性教育
2. 道徳教育型性教育
3. 生徒(生活)指導型性教育
以上の3つに共通することは
・大人が青少年の性行動を規制する
・性行動は問題行動である
・科学的情報よりも道徳的な価値観を求める
・私生活を管理・指導の対象としている
・自主性よりも適応性を求めている
・男女不平等なダブルスタンダード

山宣の性教育運動は1920年から1926年の6年間。その後は無産階級解放へと。162

自己決定権
性の学習権
避妊の自由権
セクシュアル・ライツ*
が山宣にはあった。167

*セクシュアル・ライツ--1995年の北京世界女性会議で提起されたが決議されずに終わった「幻の人権」「個人最後の人権」「人類最後の人権」

付録2 障害者の性的人権論 山本直英
「快感を伴う生存権」を
社会が障害者に合わせる 共生への社会的整備(バリヤーフリー)

障害者は閉ざされて保護されるのではなく、社会に、すなわちあなたの時空に進出して自己実現できるほうが、当然ながら個としての「快感を伴う生存権」を感じられます。そしてこの快感は、生存から始まってさまざまな心身の状況に応じて確保されるべき権利なのです。217
そして、性的な人権とは、ミニマムな手のふれあいのスキンシップから、マキシマムなスキンシップである性交までの《快適なスキンシップのある生存権》である。223

山本さんという同姓なので、なんらか血縁なのかと思いしたが、無関係な方だったのですね。

いよいよ、いまの教育改革の課題はあきらかですね。これを民の運動でなしとげるのでなければ、民主主義とは何なのだ、と思います。教育運動にたずさわる人々にとっての試金石なのではないでしょうか。
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by eric-blog | 2005-01-27 09:25 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

メディア・コントロール

73-4(337) メディア・コントロール-正義なき民主主義と国際社会
ノーム・チョムスキー、集英社新書、2003年

チョムスキーの『ことばと認識』1984年を紹介しようとしたのだが、読みあぐねていたので、いつもの方法で何冊か彼が書いたものにどっぷりつかることで読み進めようと、借りたものの一冊。

わかったことは、もちろん大著を記す人たちは誰しもそうなのだが、「厳密である」ということである。厳密であるということは、思考においてそうであり、そのために表現のことばにおいてそうであるということ。ことばというものについて普遍的に考えるために、古今東西できる限り網羅的に目配りし、研究し、思索した結果(それがその時代と彼の文化的背景である英語に影響されたものだとしても)生成文法という考え方に至ったその方法が、彼が「いま」という時代を認識するときにも適用されている。当たり前のことだけど、同じ人なのだから。
そして、チョムスキーの場合、反戦・民主主義のために世界的に活躍している人でもあるので、いまやその網羅的古今東西には、さまざまな国における民主主義を求める戦いを支援する彼自身の経験も含まれてきている。

チョムスキー1928年生まれ。2008年には「言語論再説」を出すだろうな、このごろの知の巨人たちの傾向を見ていると、そう思う。そしてそれはとても楽しみな本だ。

厳密であるがゆえに、チョムスキーは多作、多弁にならざるをえない。他の誰が書いても議論しても、厳密さに欠けるからだ。では、「強迫的多作症」的なものを感じるかというと、そうではない。読者が、あるいはいまの社会が厳密に考える能力を欠いていることに対してあきれていたり、あきらめていたりするかというと、そうでもない。淡々と、自分が語るべきことを、自分にしか語れないことを語っている、そのような「ことば」や「コミュニケーション」に対する姿勢を読み取るがゆえに、彼の今後の「言語論再説」が待たれる気がしてくるのだ。

そのことをもっとも感じさせてくれたのがこの本に収録されている辺見庸さんのインタビューだった。117-
アメリカにおいて言論弾圧はない。彼自身の活動についても、せいぜいどこかの出版社から出そうとしているものが出せなくなったということぐらいで、すべての出版社から出せないとか、自宅軟禁、通行禁止状態になるようなことはない。
いまよりベトナム戦争反対の時の方がいいというのはとんでもない錯覚だ。運動が盛り上がったのはすでに何十万もの人々が南ヴェトナムで虐殺され、何十万というアメリカ兵がそこにおり、戦乱がインドシナ半島全体に波及してからだった。128
言論の自由は、獲得されてきたものであって、喜んで誰かが与えるものではいままでもなかったし、これからもないだろう。
冷戦終結後のアメリカの基本戦略は変わった。「多兵器地域Weapon Rich」環境・ソ連から「多標的地域Target Rich」である第三世界一般へと。それに対応するためには「先制攻撃」になることで「威信を確立」する。143-144
もちろん、威信の背景には究極兵器である核兵器の存在は不可欠。
アメリカだけではない、日本政府も彼の東チモールについての証言を阻止する圧力をかけたし、イギリスは25年間、大量殺戮者に武器を知っていて手渡すことをしている。
163
他人の犯罪に目をつけるのはたやすい。東京にいて「アメリカはなんてひどいことをするんだ」といっているのは簡単。日本の人たちがいましなければならないことは、東京を見ること、鏡を覗いてみることです。
2002年3月15日MITにて

卑近なことで申し訳ないけれど、英語討論の時間に「世界平和とサービス産業」をテーマに話し合いました。軍事が最大の産業であり、国家財政の最大の支出の責務であったローマ時代と現在はあきらかに違うよね。二次産業は確かに軍需産業と手に手をとったところもあるけれど、サービス産業はどうだろう? もちろん、心理学や行動工学などは、兵隊の訓練、軍隊のマネジメントなどの研究から始まったものも多いけれど、人間のニーズを満たすサービス産業は、多様な発展を遂げている。また、教育がもたらすものは、一人ひとりの人間の可能性の開花であり、その行く先も多様なはずだ。

サービス産業の発展には平和が重要だし、その発展は平和につながるような気がするなー、なんて、学生たちといっしょに「世界の軍事費」「国際協力の50年」「世界のGNP・産業構成」などのデータを見て、議論していました。おもしろかった。感動的な意見も多かったし。一応、発表はそれなりに英語になっていたし。
セロトニン5の包括的アプローチは大学生にも有効だ。
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by eric-blog | 2005-01-26 09:22 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

妻を帽子とまちがえた男

73-3(336) 妻を帽子とまちがえた男
オリバー・サックス、晶文社、1992年

Oliver Sacks, The Man Who Mistook His Wife For a Hat, 1985

-病気は時間とともに進行する。それがヒポクラテスの考え方であり「病歴」という自然研究のひとつであった。そこには「病気」はあるが「病気と闘う主体」である人間はいない。しかし、高度の神経学や心理学においては、患者の人間としての存在そのものがひじょうに問題となる。そのためにわれわれは、病歴をいちだんと掘り下げ、ひとりの患者の物語にする必要がある。

これらのことは、サックスが「はじめに」で書いていることです。ここまでを読んで、なぜ教育の文献に、一人ひとりの物語が欠けているのだろうかと、思いました。昨日、大学の授業の最終講を終えたのですが、英語討論は47名、英語会話は3クラス50名。わたしはその一人ひとりについて、その成長の物語を書ける気がします。しかし、それはわたしがやるべきことではなく、本人が書き、そしてその後を見通して、書き続けていく物語であるべきだと思うのです。

-このような病気を研究するためには、新しい方法が必要になる。「アイデンティティの神経学」。人をその人たらしめている根本である神経の世界をあつかうものであり、頭と心の問題を扱うからである。精神と肉体が分かちがたく結びついた研究や物語がもし書けるとすれば、違うカテゴリーとして扱われている精神と肉体、メカニズムとライフ、病理的記述と伝記を近づけるのに役立つかもしれない。14

病気について語ること、それは『千夜一夜物語』のようなものだ-ウィリアム・オスラー-
人間についての研究というのはとても鈍感なものなのだと思う。けたたましく、極端な『違い」によってしか認識できない。さもなければ、人間を機械的にマスとして扱ってしまう。教員の仕事というのは、一般解としての体系的習熟を、個別解としての個人の成長の物語につなげていくことだと考える。そして、何度も言うが、肉体を扱う医学の習熟が6年なのに、精神と肉体とその統合的な成長を扱う教育という専門性の習熟が片手間というのは納得がいかない。と改めて思った「はじめに」でした。

妻を帽子ととりちがえた男というのは視覚的な失認症で、見ているものが何かを判断できないケース。
ただよう船乗りというのは、過去の記憶を1945年まで、すなわち自分が19歳の時まででそれ以降追加されていかないという一種の記憶喪失。1分前に会った医師も覚えていない、瞬間瞬間に生きる人々。
幻の足はファントム幻影視。中枢性要因によるものと末端製要因によるもの。自分のからだにあるものがないと感じられたり、ないのにあると感じられたりする症状。
大統領の演説は失語症患者の物語。失語症という「ことば」がわからないということの確認は、言語情報にまつわるすべての情報を抹消して「ことば」だけを取り出して行わなければ、文脈、表情、「情感的調子feeling tone」などから患者はコミュニケーションを成立させてしまう。時としてより敏感になっている場合があり、大統領の演説の嘘を見抜いて、げらげらと笑ってしまうのだという物語。155
たまそれとは逆に情感を読み取れないケースもある。

そして、最後にこのような患者たちの生きる道などについての「後記」において、日本の自閉症児の才能教育の例が紹介されている。モリシマとモツギの事例だ。394

わたしの関心はつねに教育に戻るのだが、なぜこれらの事柄から学べないのだろうかなあ。つまるところ、人数は多くても健康でお互いに助け合うことができるし、心から共に伸びたいと感じる力のある人間の集団なのだから、一人ひとりの物語をappreciateすることはできるはずだのに。いつもうまくいくとは思わないけれど、治療と同じで。

オリバー・サックスと言えば次のような著書が有名。
めざめAwakenings, 1973 映画『レナードの朝』の土台になった本
片足A Leg to Stand on,1984
Seeing Voices: A Journey into the World of the Deaf, 1989
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by eric-blog | 2005-01-26 08:26 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

愛に生きる

愛に生きる
鈴木鎮一、講談社現代新書、1966年、2000年71刷

ヴァイオリンの才能教育として有名な鈴木メソッドを編み出した人の著書。学生がレポートの課題なのだと言って読んでいたもの。人間と心理という科目のだったったけか。

以前にも読んだことはあるのだと思ったが、今回印象に残ったのは、掛け算の九九を工夫されたのが鈴木さんであったということ。114 それは繰り返しの大切さを感じた彼が、あきずに繰り返せる方法として工夫したものなのだ。

そして才能は『育て方』にあるのだということ。
昨今、オリンピックで親子の活躍や、ロボコンでも親子でなんていうのが目立つけれど、それは「いっしょに取り組む」という環境があったからだとわたしも思う。身近に「努力の形」とその結果を知っている人がいて、自分もその方向へ進もうと思って努力を続ければ、上達しないはずがない。

ポイントはどうすれば努力を続けられるのか、だ。

家業がヴァイオリン製作会社。
父親からの訓示も大きいものがあったようだ。「人に会ったらうれしいと思え」「金は貸すな、あげるだけ」などなど。

しかし、音楽というものにとって大切なのは、こういうことなのかと思ったことが一言。「深い感動をこめて真剣にショーソンの霊の前でひく」
73

努力とは、課題を見出し、手立てを考える、そのくりかえしなのだと、思います。
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by eric-blog | 2005-01-25 07:17 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

身振りとしぐさの人類学

73-1(334) 身振りとしぐさの人類学----身体がしめす社会の記憶
野村雅一、中公新書、1996

ホールの『隠された次元』の"距離"という概念について、野村はその距離感が「前方」にばかり集中しているのではないかという。しかし、日本人の、あるいは東アジアにおいては「背後も含む楕円空間」と「上下の垂直方向」の持つ意味の重要さも考慮する必要があると指摘する。おもしろい。
例えば、「いすと机」のある空間での距離と、たたみの空間での距離。
それは、かなり違ってくるはずだ。
そして、西洋においても、時代によって家具などの条件の違いのゆえに、距離感は違ってきているのだと、野村は指摘する。61-62

いずれにせよ、身振りやしぐさは多様。「しぐつのひとつひとつには歴史的経験が沈殿していて、いわば無言の知識なのである。...口頭伝承...身体伝承....そのふたつがあいまって、「民族知」、すなわちフォークロアをつくっている」7

日本人は腕組みをすることが少ないというのだが、「手」の情報を抑えているように思える。
おもしろいのは、身体接触をいやがる日本文化は、身体接触の意味を考えない、だから人ごみで肩があたっても気にしないという観察だ。意味を付与していないものについては、気にしない。

人を指差すという行為の意味  152

身振り語の分類180-
1.言語的身振り
2.相互交渉的身振り
3.儀式的身振り
4.模写的身振り
5.神話的身振り

『顔の本』香原志勢
『人および動物の表情について』ダーウィン、1872、岩波文庫
『記憶とは何か』相良守次、岩波新書
『ボディ・ランゲージ解読法』アーチャー、誠信書房 社会は暗黙の相互演技の場、その意味を読み取るのが社会的知能SIQ 118

148-149
マックス。ピッカート『沈黙の世界』みすず、
「言語は透明で、自由で、崇高であって、自己自身を越えてたかまり、ただ言葉自身がそこから生じ来たった沈黙だけを除いては万事を抜いて聳えている。それに反して、身振りは自由でなく、解放さけておらず、身振りがそれでもって自己を表現しようとするところの物質とまだ完全に混コウしている」というのだ。しかし、と著者は指摘する。
「言語による表現は、抽象的な次元への飛翔によって高度の体系化や論理的整合性が得られる半面、いたずらに自己増殖してしまい、空々しい観念遊戯に堕する可能性をたえずはらんでいる」
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by eric-blog | 2005-01-23 22:34 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

森と文明

72-8(333)森と文明
ジョン・パーリン、晶文社、1994年、1995年3刷
John Perlin, A Forest Journey: The Role of Wood in the Devleopment of Civilization, 1988

「序に寄せて」を書いているのがレスター・ブラウン。薪資源の減少、頻発する大洪水、加速度的な土壌浸食、砂漠の拡大、土壌劣化。いま起こっている環境問題の多くが「森」と関係したことだと彼は指摘する。森を破壊し、新たなフロンティアを求めて移動するのは、アメリカの専売特許ではなく、5000年以上前にメソポタミアで起こったことが繰り返されているに過ぎないとも。

訳者あとがきで安田喜憲は「ここには描かれていないもう一つ別の文明がある。それは森の文明である。ヨーロッパ文明のように、森を食べつくし、奴隷を酷使し、他民族を絶滅の危機に追いやるような文明とはまったく異質の文明の潮流が存在するのだ。この森の文明の潮流をたどってこそ、「森の旅」は本当に完結する。」そしてそれを安田は書き上げたいと。468

『石油神話』で、わたしたちは化石燃料が人類社会の森林破壊にブレーキをかけた側面に気づかされる。安田の語る「森の文明」の本当の危機は「森を求めて移動する文明」との出会いを直接的な対決的危機と表現するならば、間接的な危機として文明の森からの相対的な独立を得る「化石の文明」の到来にあるのではないだろうか。「イギリスの石炭の可採年数は50年もあるのに...」というような表現に、同調し、胸をなでおろしてしまうのだから、いかにすでにわたしの感覚が短期的な見通しで満足するものになっているかを示しているように思うのだが。

塩野七生さんの『ローマ人の物語XIII』が昨年末に出された。いよいよ、ローマ帝国の終焉が描かれていくのだが、パーリンの描く森林資源との係わりの視点がどのように生かされてくるか、楽しみだ。

以下、ほとんど備忘録です。-----------------------

物語は4700年前のメソポタミアの都市国家ウルクから始まる。王ギルガメッシュは、レバノンスギの森を切り開き、森の神フンババを殺してしまう。「文明とはその欲求において歯止めを知らないものである。こうした文明の初期の体現者であるギルガメッシュは、...森の征服を思いとどまろうとはしない」「フンババを退治できれば森は文明世界のものとなる」30
シュメールの主神エンリルは、文明化した人間から神の領分である森を守り、大地の豊饒性を維持しなければならない責務があったのだが、ギルガメッシュの行為に呪詛する。「火に飲まれよ」と。ギルガメッシュの物語には文明の勝利と衰退がすでに描かれていたと。32
そして、「レバノンスギの哀しみの歌声ははるか遠くでも聞くことができた」と表現されたフレーズは、森の衰退とともに衰退したシュメール文明の次に現れたギリシア文明においても『イーリアス』にも「葉の生い茂ったカシの大木が轟音をたてて崩れ落ちる」と書かれたように、その始まりにおいて繰り返される。

銅の塊ひとつに6トンの木炭。120本の松。1.6ヘクタールの森林。
紀元前14-13世紀にかけての地中海における銅の交易を支えていたのは船による輸送と広大な森林破壊。68
薪、陶器、石灰などの産業の基盤が森林。
森林がなくなった後にオリーブの木を植えた。土砂の堆積で港が遠くなる。銅の精錬技術の革新などがあったにもかかわらずキプロス島の銅産業は紀元前1050年に最後の窯を閉鎖。時代は鉄の時代に。銅の鉱石に含まれていた鉄をたたいて取り出す。73

アテネに勝利したマケドニアには、森林があった。ローマは紀元前167年にマケドニアを征服したとき、木の伐採を禁じた。110

アテネが木材を求めた先がローマであった。ローマは「シルヴィア」「森の民」と呼ばれていたほど、森しかないところだった。114
そんなローマが近郊といまとなっては呼ぶしかない「キミニアの森」の探検を敢行し、切り倒し、エトルリア・トスカーナに侵攻し、ポー川流域を虎視眈々と属州にしていく。117-119
ローマでは森林の後にはブドウを植えた。
どんどんと、周りの森林資源をむさぼって、「人間は質素であるか、ローマ人のように生きるか」の選択だ、というような豪奢な生活が実現する。124
こう読んで来ると塩野さんの言うところの「ローマ帝国のインフラ整備」がいかにローマが数百年にわたってその場所を移動せずに存在し続けられたかの理由がわかる。インフラは物流なのだよね。
1トンの石灰に直径45センチ長さ9メートル60センチのカシ・ナラ一本、あるいはモミなら2本。一日の作業で7.2トン。
鉄にも薪。
オリーブ油の生産にも薪。
30立方メートルのレンガを焼くのに1コード以上の薪。1コードとは3.625立方メートル。131
ガラスも、ローマ時代の建築に欠かせない。
イベリア(スペイン)の銀山。ブリタニアの鉄鉱山。キプロスの銅山。北アフリカの松サンダラック。
9万トンの鉄の生産のために300-800平方キロメートルの森林破壊。142
ローマの衰退は銀の生産が燃料不足で継続できなくなったため。粗悪な銀貨が経済の混乱に。145
その後のイスラム世界の台頭。そこからヴェネツィアの木材貿易による興隆へ。167
木材力が海軍力。トルコのヴェネツィアに対する勝利1470年。174
ローマ人の鉄の精錬で壊滅的打撃を受けたイギリス南部の森は数世紀後に回復。ヘンリー8世の頃には木材の輸出側になっていた。188
大陸からの輸入に製品の多くを頼っていたイギリスに、武器の禁輸あるいは攻撃かといううわさが危機感に。ヘンリー8世は武器だけでも国産にと鉄鋼業を支援。196
サセックスの変貌。1トンの棒鉄に48コードの薪。1540年代後半には11万7000コードの薪を毎年消費。197
軍船ひとつに樹齢100年の巨木のナラ2000本、20ヘクタール。207
木の節約と石炭への移行。石炭の煤煙に苦しめられながらの生活が。221
鉄鋼業のための木炭はせいぜい8キロメートル輸送されるだけ。16-32キロメートルというのは論外。288
石炭をコークにして、鉄鋼業に使うようになった。1720年のこと。ダービー。1750年にはほとんどのミッドランド地方の鉄鉱業者が石炭に。297

そして、話は新大陸に。砂糖を求めて、奴隷貿易と森林資源が進められる。305
マデイラ島の砂糖生産に1494年に使われた木材は6000トン。
新大陸では300ポンドの木材をヨーロッパにもっていけば1600ポンド。336
木材の豊かさに、鉄の生産も始める。390
そして1776年、アメリカの独立。
鉄道網が交易と進出を容易に。
1830年から1890年にアメリカで生産された鉄は1900万トン。1690-1750年の60年間でイギリスが生産した鉄は100万トン程度。430

464ページの本なので、詳細はぜひ読んでください。
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by eric-blog | 2005-01-21 11:21 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)