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DEA News & Journal 041029

61-8(277) DEA News & Journal 041029

■DEAの認証する50番目の開発教育センターがブライトンにオープンしました。

■DFIDとの協力で、200万部の「よりよい世界のための簡単ガイドRough Guid to a
Better World」が出版されました。11月29日から郵便局で入手できます。webで
はwww.roughguide-betterworld.comで入手可能です。11月10日以降は、ご意見も受け
付けます。リンクしたい方はtrillo@roughguides.comまで御連絡ください。

■Save the Children の新刊本
  ・I am Here: teaching about refugees, identity, inclusion and the media
  ・Working Children Worldwide
  ・United Nations Convention on the Rights of the Child-CD-ROM
  orders@nbnplymbridge.com

■科学教育との連携
  ・www.ase.org.uk/htm/ase_global/index1.php
で小冊子や教材についての情報が得られる。
  ・科学教育が句集センターでグローバルな視点をどのように科学教育に取り入れ
るかについてのコースを開催いたします。

■第3回Global Teacher Project会議が2005年5月6-7日にロンドンで開催されます。
かくたが今年の5月に参加したものです。来年の会議で最後です。

■DEA年次総会2004年11月8日
DFIDの政務次官が基調講演をいたします。

-----------キャンペーンの案内---------------
■MakePovertyHistory「貧困を過去の遺物に」
・公正な貿易 ・債務の放棄 ・援助の改善
このキャンペーンに参加したい団体はwww.bond.org.ukまで連絡してください。

-------The Development Education Journal--------
Volume 11.1 October 2004
「開発教育の技能と能力」DE Skills and Competencies


Global Perspectives の三冊セットがERICに届いています。 
なんだか、日本で考えていることが、少しずつ、形をとっているようですね。うらや
ましい。
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角田 尚子
(特活)ERIC国際理解教育センター
eric1@try-net.or.jp
http://ericweblog.exblog.jp/
ブログで週5紹介中! 来てね!
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by eric-blog | 2004-10-30 09:18 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

賢帝の世紀 ローマ人の物語IX

61-7(276) 賢帝の世紀 ローマ人の物語IX
2000年

長編小説は本当にやめられない。
紀元96年にドミティアヌスが殺され、ネルバァが登場すれる。さらにはドミティアヌスは「記録抹殺刑」で断罪され、その15年に及ぶ治世の業績はすべて抹消されてしまう。そんなにひどいとも、前巻を読んで思わなかったのに、?である。五賢帝の一人と言われるハドリアヌスも、死後元老院によって「記録抹殺刑」を主張されたというのだから、元老院が本当に政治的には硬直してしまっていただけなのかもしれない。
70歳のネルヴァはトライアヌスを養子にする。
ドミティアヌスの不評はダキア戦での不名誉な講和による決着があった。トライアヌスはダキア戦を「勝つ」と決めていた。

皇帝とは、究極の公僕であった。「皇帝の資産をわれわれは、あたかも共同所有権をもつかのように使える一方で、われわれ個々人の私有財産権は完璧に保証されている。」43
また属州に対しては「自然はどこにも均等な恵みをもたらすわけではないから、助けを必要とする地方に援助をするのは当然である。」46
皇帝の職務とは、安全保障、内政、そして公共事業の3つだという。トライアヌスは拡大した帝国で空洞化しつつあったローマへのてこ入れ政策もうつ。

一方で、ダキア戦に向けて、攻略のためのインフラ整備を進める。そして、トライアヌスはダキア戦に勝ち、ドナウ河に「トライアヌス橋」が残り、そしてローマ帝国はドナウの北側にも広がり、帝国最大の規模になる。
ダキアはローマの属州となった。現代のルーマニアは、このとき総入れ替えされた住民の混合体である。107
紀元107年から112年は、公共事業ラッシュ。活躍したのはギリシア人の技師たちだったという。
皇帝本人はというと私生活は地味。60代になってからのパルティア遠征の途中で64歳でなくなるまでの20年間の統治は、すこぶる評判のいいものだったのだ。
次に指名されたのがハドリアヌス。トライアヌスがその10歳の時から後見人を務めていた。皇帝になったときは41歳。
もう一人の後見人が、ハドリアヌスの命令を極端に執行して、執政官4人を反逆罪で殺してしまう。そのことに対して、ハドリアヌスが言ったこと、考えたことが『ハドリアヌスの回想』に記されている。それを読んで驚くのは、非常によく歴史を学んでいるということだ。カエサルから150年、皇帝とはどのようにあるべきか、継承された上でのこの五賢帝時代なのだなと思う。213
ハドリアヌスは21年の治世のうち、7年しかイタリアにいない。属州出身のこの皇帝はほとんどを属州の巡行に費やしたのだそうだ。
その事業の中のひとつがブリタニアにおける「ハドリアヌスの壁」の建設だ。
そして、蜂起したユダヤ人に対してイェルサレムからの完全追放。ユダヤ人がイェルサレムにある限り、政教一致の政体への夢、つまり彼らの言うところの「自由」への欲望から自由ではありえなかったからだ。

晩年気難しくなったハドリアヌスは、最初に指名した後継者の突然の死に見舞われたあと、アントニヌス・ピウスを養子にする。この皇帝の就任にあたって、ギリシア人の哲学者アエリウス・アリスティデスが行った講演が有名らしい。
361「かつてホメロスは謳った。地上はすべての人のものであると。ローマは詩人のこの夢を現実にした。...帝国のどこに住もうとも、行き来が容易になるように整備した。しかもそのうえ、帝国全域のための防衛体制を確立し、人種が違おうと民族を異にしようと共に生きていくための法律を整備した。これらのことすべてによって、あなたがたローマ人は、ローマ市民でない人々にも、秩序ある安定した社会に生きることの重要さを教えたのである。」講演者は26歳であったという。
トライアヌス「至高の皇帝」
ハドリアヌス「ローマの平和と帝国の永遠」
アントニヌス・ピヌス「秩序の支配する平穏」364
23年にわたるアントニヌスの治世は平穏そのものだった。
皇帝が公僕中の公僕であったというエピソードに、妻がケチぶりを非難したときに言ったという言葉があげられている。「帝国の主になった今は,以前に所有していたものの主でさえもなくなったということだ」368
こんな皇帝が続いたら、ローマ市民はラッキーだね。
そして、このようなローマがいかにして「キリスト教国」に、そして政教一致の国になっていくのか、と先を知りたいわたしに、塩野さんは、「あんた、まだローマのことわかってないわよ、落ち着きなさい」とだめだしするのです。第10巻「すべての道はローマに通ず」はなんと、ローマ帝国のインフラについてのみ捧げられた巻なのです。
もう、ついでに紹介してしまう。
ハード面
・街道、・橋、・港、・神殿、・公会堂、・広場、・劇場、・円形闘技場、・競技場、・公共浴場、・水道
ソフト面
・安全保障、・治安、・税制、・医療、・教育、・郵便、・通貨、弱者救済、育英資金、医療、教育

ところが、これらについての詳細はすでに研究されているにもかかわらず、専門分化のおかげで、誰もがその総体を描き出そうとはしない、そこで、塩野さんは、一冊をそのようなインフラの総体を描き出すことに捧げる決意をしたという。本当にわかりやすい解説である。それはその解説が「人間が人間らしい生活をおくるためには必要な大事業」というローマ人のインフラについての理念に貫かれているためなのである。

いまに残るアッピア街道。道路網は残っているが、形となると公園のように象徴的に、しかも、かつての姿を思わせるものはなにもない、らしい。39紀元前2世紀に建設され、紀元6世紀にもまだその完璧な姿をとどめていたらしい。紀元6世紀とは、紀元538年とは、ローマのインフラに何が起こった年なのだろうか?キリスト教化していたビザンチウム帝国か?
【道路と橋】81
公道、軍道、支線、私道がある。公道は8万キロ、すべて合わせると30万キロの道路網。
【カエサルの情報伝達方式】90
駅伝方式で、ステーションを置く。情報伝達を任務とする軍団を組織する。アウグストゥスの時代にはこれが国営郵便制度になった。70キロが一日の行程で、12キロに一箇所、馬だけを変えられる交換所があった。
【地図】105
銀のコップの表面に、都市の名称と都市から都市の距離とが記載されている。現在残っている最長はスペインのガデスからローマの2750キロに、平均すれば、26キロごとになんらかの施設があったことがわかる。
地図にも、神々が並存した時代からキリスト教のみへの時代、つまり紀元313年から392年までの共存時代を含む前後の違いがあらわれている。
道路網はローマ帝国を勝者敗者の別なき運命共同体にするのに、最も有効な手段であった。
【水道】
目立つのは地上の姿だが、例えばアッピア水道を例にとると、前兆16.617キロメートル、地上を走るのは89メートルでしかない。敵に破壊されないため、水温の上昇を抑えるため、蒸発をふせぐためにも、地下の坑道を流すほうがよかったのだ。
いずれもインフラ工事に携わるのは軍団兵。そのために属州までも隅々までインフラの整備が進むことになったのだ。一番いい例がアウグストゥス時代のアグリッパである。カエサルに見込まれ、アウグストゥスの右腕として軍を指揮したが、平和の時代には公共事業で腕を振るったのだ。技術者は奴隷150-
水路には「カステルム」と呼ばれる配水のための水貯めがあった。水は公共用、皇帝用、私用の3種に配水され、料金がかかるのは私用からの水道だけ。公共浴場のほとんどは皇帝が建設した公共事業なので、皇帝用の水が使われていた。私用は3割程度。
【医療と教育】
カエサルによって、医療と教育に携わる者には市民権が与えられたということであったが、基地以外には病院というようにインフラの整備は公共事業に入っていない。学校もそうである。ただ、図書館のような研究機関はあった。17歳以上の専門教育がなされたのは、レトリック・スクール修辞学の勉強、つまり弁護士ないし政治家の教育である。序、先例、論点、結論というような優れた弁論の解釈などが中心。しかし、皇帝でこれらの教育機関を卒業したものはいない。
キリスト教の支配が強化されるのと教育制度の公営化は、ともに進んだ。

安全保障が、職と食の基本であった時代、皇帝という軍の最高司令官にその責任が委託された。ローマの通史は軍事史にならざるをえない。そのためにこの巻は特別にそれ以外の側面について、特に街道と水道に多くを割いた。229-231
いまだに、「人間が必要とする」インフラが整備されていない。
経済的に余裕がないからか、インフラ整備を不可欠とする考え方が欠如しているのか、それを実行する強い政治意思がかけているのか、それともそれ以前の「平和」の継続が保証されていないからなのか。231
紹介者 角田尚子
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by eric-blog | 2004-10-29 09:56 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

チベット・メディテーション

61-6(275) チベット・メディテーション
K.マクドナルド、日中出版、1989年

わたしがいつも引用する「チベット・メディテーション」の元本。新しく読んでばかりの本を紹介していると、なんだか、重要なことを落としている気がしたので、少し、基本的なものも。昨日、これまでのリストを読み返していて、なんだかとてもつまらなかった。系統性がないせいかもしれない。

人間の実体は心と身体が一体となっており、それぞれが多くの部分からなりたち、流動的である。49

否定的なエネルギーや思いを吐き出し、この世のすべてのものに肯定的なエネルギーを捧げる
というような心に関する瞑想と、その心にかかっていることについて瞑想する「分析的瞑想」そして仏性に出会う「観想法」が紹介されているのが、チベット・メディテーションのいいところです。
日本の座禅のように、無念無想だけを強いたり、あるいは黙考を認めたりと宗派によって違っていたりすることではなく、いつでも、どこでも、自分のニーズに合わせて、やってていいよ、ということ。
特に、心を集中させる「鎮静的」な段階から「分析」に集中し、そして最後は世界との一体感によって瞑想を終わる、というのが好きです。本では、141-142にそこでターラ菩薩を「観想」するということが入っているのですが、これは怖くてまだやってみたことがありません。ちょっとした「補助具」が必要だなと思うのと、それが何なのか、まだわからないからです。だって、そこに表現されている菩薩って激派手でエメラルドだとか、金箔だとか、天上の絹だとか、宝石だとかで、とてもわたしがイメージしうる存在ではないのです。でも、いつか、必要ならば出会うだろうと思っています。
その菩薩からの三本の光線、額から額への白い光線、喉から喉への赤い光線、胸から胸への青い光線をイメージするだけで、十分エンパワリングです。

同じように「指導者」についても、いい導師が見つかればよいし、見つからなければ、自分でやっていればいいというのも、脅迫的でなくていいですよね。

あれ、あんまりまともな紹介じゃないな。それにターラ菩薩はわたしの守り神にあたる菩薩だったように思います。最初に読んだときに、わたしはその菩薩を観想すればいいんだなということまでは理解したように思うので。
いまとなってはどこをどう読んで、そのような理解に至ったのか、わすれていますが。
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by eric-blog | 2004-10-28 16:55 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

戦争の記憶と未来への対話

61-4(273) 戦争の記憶と未来への対話-国際的な視点から
財団法人女性のためのアジア平和国民基金
2001年2月23日

『戦争の記憶』の著者、イアン・ブルマさんが出席しているシンポジウムの報告なの
で紹介しておきます。その他にも
-日本と勧告-過去の記憶と未来への対話 2002年11月16日
日韓関係の現在・過去・未来 2003年7月1日
の公開フォーラムの報告書が同時に届けられている。

ブルマさんの本で印象的だったのは、「罪悪感によって思考停止状態に陥ってはなら
ない」ということだったか。1951年オランダ生まれで、ユダヤ人のお母さん、そして
現在はロンドン在住で妻が日本人というジャーナリスト。
第一部はブルマさんと木佐芳男さんという『戦争責任とは何か-清算されなかったド
イツの過去』(中公新書)の対談形式。

8 ブルマ
ドイツも日本も政治が宗教になってしまった。別のものとして扱うべき。
11 木佐
「悪いドイツ人」「いいドイツ人」というステレオタイプ的な捉え方と、そのために

ナチスの過去」として語りやすい構造。
14
ホロコーストはナチスの組織がやった。実際にはドイツ軍も協力しているが。
ナチスは自発的な入党なので。
22
1933-1945年という12年間はナチス時代。ヒトラー時代。そして45年は「ゼロの時間」
として始まったというとらえかた。
24
ドイツも日本も、1945年からの再出発以降の7-8年が、人間の子どもの幼児期にも似
て、とても大切な時期。その後の社会形成を左右するような。もっとその時代につい
て知るべき。
27
日本ではタブーで語れないが、天皇についてアメリカ人がよく書いている。それはド
イツについても同じ。

「慰安婦」問題について、日本とアメリカ、ドイツの戦後保障の扱い方の比較がなさ
れている。ドイツの「連邦衡平法」アメリカの1988年「市民的自由法」=「日系アメ
リカ人への保障法」が引き合いにだされている。特に後者は「認識、謝罪、補償、教
育」という4つの要素が協調されている。67

「慰安婦」問題について、洋の東西による「性」に対する感覚の違いや、パフォーマ
ンスの違いが指摘されている。さらには、2003年の公開フォーラムでの大学生の発言
「慰安所は、"レイプ事件を抑制させるために作られたもの"で、...昔の日本人は倫
理観が今以上にあったのではないか」116という発言に至っては、本当に「記録」で
あれば、どんな発言でもそのまま乗せていいのか? という気持ちを抱かざるを得な
い。実際にそのような考え方によって「慰安婦」は何重にも苦しむことになるのだが。
変革の視点はなくていいのか。
もとの報告書に戻ると、例えばそれはこんな発言だ。60
「小泉さんに、ナヌムの家を訪ねて、「慰安婦」だった方の肩を抱いて、「おばあさ
ん、御苦労かけましたね、すいませんでした」と言っていただくのは非常にいい」
発言者は高崎宗司さん、基金運営審議員。同調しているのは石井信平さん、両方と
も1940年代生まれ、だめだ、こりゃ。それで「いいパフォーマンスになる」と信じて
いるところがひどいし、そのことについて、なんの編者註も、議論もなしで通してい
るこの基金の体質がすごい。
ブラント首相のワルシャワのユダヤ人ゲットーで、ひざまづいて謝罪の意を表した
「パフォーマンス」に対して、ということから、こんなことを考えるのね、この人た
ちは。
こういう発言を「とりみださずに、感情的にならずに聞く」必要というのはあるんだ
ろうか。
レイプに替えてシステマティックな暴行を容認し、謝罪に替えて慰撫を推賞すること
の罪の大きさに、語られているすべてが、手のひらからこぼれていくというのに。

65
日本の議論が「相手を説得する」ことに終始しており、理屈を立てて説明することが
少ないというのが指摘されているのはおもしろい。

会場にいたらしい和田春樹さんが指名されて「国民と国家と政党のあいだのギリギリ
の結論」としての基金という説明をしていた。73
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by eric-blog | 2004-10-28 16:51 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

世界システムと女性

61-5(274) 世界システムと女性
マリア・ミース、ヴェールホフ、トムゼン、藤原書店、1995年
Women The Last Colony、1983 , 1988, 1991

初刊本の中のいくつかの論文を差し換えてできた日本語版。いかにも、その頃が女性
を巡る議論がどんどんと展開した頃であったろうという時代背景を感じさせるエピソー
ドだ。
冷戦における反戦運動と原発反対運動の時代から
1987年 チェルノブイリ
1989年 ベルリンの壁の崩壊
を経て、世界は?
わたしが「女性は最後の植民地だ」という表現は、この本からであったのだなと、やっ
と知ったという感じか。そういう意味で、もはや旧聞に属するこの本を紹介すること
も、大事なことかなと。この三人のフェミニストたちが主張する「資本主義的家父長
制に代わるサブシステンス・パースペクティブ」というのは、持続可能性にとっての
キーワードでもあろうから。

15 序
1970年代になって、一般的に発展ととらえられてきたものが女性にたいして相当に否
定的な影響を及ぼしているということが...明らかにされはじめた。労働においても、
教育においても、健康においても、政治的参加においても、女性の立場はおしなべて
悪化した。
北の...女性にたいする搾取と抑圧...暴力は....現在の資本主義が作動するのに必要
不可欠な構成要素なのである。
性差別主義や家父長制は...蚕業体制とその蓄積モデルにおける中心的なイデオロギー
的・制度的な基軸なのである16
18
エコロジー運動...による蚕業システムと成長モデルに対する批判もまた、男性と女
性の関係、および講議洋谷と第三世界の関係を見逃している。
自然食品店や第三世界ショップで売られる「自然な」生産物も...もまた商品なので
ある。それらの商品は、いわゆる「低賃金労働諸国」における搾取関係を、特に女性
と子どもにたいする極度の搾取関係を結晶化し、体現している。このような「オルタ
ナティブ市場」は資本主義世界市場の一部である。
エコロジストとオルタナティブ運動は、男性と女性の関係や工業諸国と第三世界との
関係を、概して道徳上の問題と解しており....
女性と植民地にたいする搾取が、富裕さと産業システムの過剰生産の中心に位置して
いるのだという認識からではなく、良心の呵責から来ている
20
「よい」「悪い」、「文明化されているか」「野蛮」、「進んでいる」「遅れている」
という二分法
この方向は、植民地化の例なのである。
「社会」に所属していない「天然資源」のような扱い
この植民地化の過程を被る側にとってみれば、この領有関係は強奪であり、収用であ
り、生活基盤の破壊である。この関係をいたるところで強制し維持する手段となって
いるものこそは暴力にほかならない。

女性の方がより「自然」に近いという考え方は19世紀におこり、20世紀にもてはやさ
れた。19

本書の構成
・女性の労働と資本主義
・女性と自然の植民地化
・女性に対する政策と女性の闘い
24
搾取の資本主義的ピラミッドは...資本家、賃金労働者と無償労働者、主婦と植民地
のサブシステンス生産者という3つの層からなっている。
25
絶対的貧困の克服というたてまえのもとで、...わずかな資金投資でもって第三世界
の農民のサブシステンス資源とサブシステンス労働に対する確かな支配権と統制力を
手に入れることができる。
26
略奪的な領有様式は、生産的で協力的な相互作用より「うまくいく」..強奪と戦争は、
富と「剰余」を労働しないで蓄積するためのもっともてっとりばやい方法だ...魔女
狩り、...植民地....女性と植民地にたいする「経済外的暴力」は「経済的強制」に
もとづく賃労働関係にとっての土台であり続けている。

29
「なぜ、主婦が、第三世界においてさえつくりだされるのか」
低賃金の、男性という稼ぎ手への依存による正当化
30
主婦化された労働とは、家事の性質を内包した労働、すなわち労働組合や労働法によっ
て保護されることなく、いつでも、どんな価格でも利用可能で、そして「収入創出諸
活動」の中でも「労働」ではなく「活動」と認識されており、組織されていない....
等々の特徴をもつ。

ここまでが問題提起である。以下、気になる箇所の引用である。
---------------------
・賃金も利潤も獲得しない生産者38
花次郎どうとサブシステンス生産がとっている諸形態は、いわゆる「インファシリテー
ターォ-マル・セクター」内部における商品性さんの諸形態との関連においてどういっ
た意味を持つのか
主婦であるということは、...すべての女性が責任を負うべき一般的な社会的地位と
なる。67
資本主義の浸透は、サブシステンス生産者への暴力的な攻撃と、資本主義のもとへの
彼等の実質的ないし形式的ないし周辺的な包摂を意味する108
家庭内での性差別的再生産関係を変革することなしに賃金搾取と闘うことは不可能で
ある。110
歴史を通じて発展してきた非対称的で階層的な分業は、もはやセクション会全体が、
資本蓄積が命じる不平等な分業という一つのシステムを公正するような段階にまで到
達した。この分業は、略奪的な狩猟民ないし戦士という社会的パラダイムにもとづい
てるが、これは、自分自信で凄惨することなく、武力によって、他の生産者や生産力
や生産物を領有し、従属させることができるものである。180
主婦である限り女性は不平等だからである。296...妻は無報酬の労働者...彼女は奴
隷である...こうして人は愛にもとづいて働き、愛は労働となる...人権の存在しない
状況や、労働と生活のあらゆる「自由な」条件が存在しない状態というものを知るた
めには..わざわざ第三世界をみる必要はないのである。297
賃金だけでなく、それ異常のもの、つまり生産手段(わたしたちの身体、子ども、家、
土地、知識、創造力、労働の成果)を獲得することに成功した時にのみ、オルタナティ
ヴが可能になる306...主婦もまた不必要なものにしなければならない。
-------------
サブシステンスということばが出るたびに、わたしが思い出すのはサブシステンス・
ウェーリング、生存捕鯨と訳されている用語なんですね。サブシステンスであればサ
ステイナブルというわけでもない。
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by eric-blog | 2004-10-28 16:51 | ■週5プロジェクト04 | Comments(2)

アフガニスタンから来たモハメッド君のおはなし

61-3(272) アフガニスタンから来たモハメッド君のおはなし-モハメッド君を助け
よう
大貫憲介、伊藤ゆさ、つげ書房、2002年

アリ・ジャンのお話を読んでいて、よくにた話しを絵本で読んだなと思い出して、「
週5プロジェクト」を検索してみたけれど、該当なし。現在のi-bookも03年から使用
開始。どこかで紹介したつもりはあるけれど、再度紹介しておきます。

著者は弁護士。アリ君を助けている児玉さんのような立場。難民申請に対して厳しい
日本国だが、支援はやはり弁護士さんたちが中心だ。
モハメッド君とアリ君はハザラ人であるとこけも同じ。アフガニスタンからパキスタ
ンのぺシャワールに逃げたところも、その前にお父さんやお兄さんを亡くしたところ
も。アリ君のいう「ぼくだけじゃないですから」はその通りなのだ。

大貫さんたちの活動については
http://www04.u-page.so-net.ne.jp/xd5/satsukih/
絵本は1620円です。

難民の受け入れも立派な人道支援だと思います。香田さんの御無事を祈りつつ。
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by eric-blog | 2004-10-28 16:50 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

日本国憲法

あまりにも、台風、地震、人質と、痛ましいことが続くので、西武文理大学の久々の授業では、『日本国憲法』の前文で、わたしが一番好きな部分を日本語と英語で紹介しました。
わたしたちの平和は他者の平和と安寧によっているのだということ、「関係ないわ」ではなく、何ができるか考えること、祈ること、心を閉ざさないこと、しかし、健康さを保つこと。

日本国憲法
前 文
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

THE CONSTITUTION OF JAPAN
INTRODUCTION
We, the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.
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by eric-blog | 2004-10-27 22:11 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

ローマ皇帝伝

ローマ皇帝伝
スエトニウス著、国原吉之助訳、岩波文庫、1986

カエサルはどうしようもない悪者、アウグストゥスはいつも悪夢に悩まされていた、ティベリウスは恥行にあけくれ、後世にも悪名高きカリグラは属州に反乱される中、かろうじて精神の均衡を悪行で保った人、ヴィテリウス、ヴィスバシアヌウ、ティトゥウス、ドミティアヌスよりも多くのページを割かれているネロ。うーーーーん。読むのがつらい。

すみません。わたしは塩野さんの『ローマ人の物語』を読んでいる方が、同時代、すなわち紀元100までを生きた人の語り方は、正直、きついです。はい。
生の人間っていろんなことがありますもんね。
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by eric-blog | 2004-10-26 19:40 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

人権研修3時間バージョン

1. ミニレクチャー 「ビジョンといいパターンをともに創る」
  そして、ワールドスタディーズのアクティビティへ
2. 教室の中の世界探検
3. 傾聴
4. 話し合いのルールづくり
5. 参加者はどんな人?
6. 三段論法の落とし穴

ひょっとして次の「多数派・少数派体験ゲーム」までいけるかという進行だったけれど、予定ぴったしで、昼休み。

午後は
1. 多数派・少数派体験ゲーム
2. 「遅れてきた」定着民
3. 日本社会の○△□
4. 人権概念の発展
5. サークルタイムでふりかえり
と、これも予定通り。
でした。
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by eric-blog | 2004-10-26 19:13 | □研修プログラム | Comments(0)

ファシリテーター育成

かくた@ERICです。

来年度の「ファシリテーター育成」のための課題を、新規作成テキストに反映させていきたいと思っています。ERICとともに「ESD ファリシテーターズ・カレッジ」という人材育成を推進していきたいファシリテーターの方、ERICまで連絡をください。現在、テキストの内容検討中です。それぞれの来年度の計画をもとに出版計画を決定したいと思います。
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by eric-blog | 2004-10-24 22:58 | ▲ファシリテーターの課題 | Comments(0)