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死産される日本語・日本人−「日本」の歴史−地政的配置

かくたです。
                     2004年6月4日配信
今日は牧さんにもほめてもらったから、気分がいいです。
でも、日焼けしたのと、目の角膜が痛いのとが少し気分悪いです。
気分直しに新しい眼鏡を買いました。
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44-5(186)
死産される日本語・日本人−「日本」の歴史−地政的配置
酒井直樹、新曜社、1996

テッサ・モーリス=スズキの「辺境から」に引用されていたもの。なるほど、引用が
長くなるなとわかる。しっかりと論じている部分と、そして論じてきたことからの結
論の部分とがはっきりしているのだけれど、そのまとめ方が美しい、という「わあーー
ー、こんな言い方できるんだ」という感じになるので、ついつい長く引用してしまう。

299ページもある圧倒的なところから、以下、とってもおもしろかったところがたけ
のことですから、もし、その良さが伝わらなくても、ごめんなさい。

「はじめに」で語られている「ひとつの国が別の国を非難することではなく、歴史に
よってそのような関係に私たちがおかれてしまっていることなのだ」という問題意識、
そして酒井個人は「私は、自分がひとつの国民共同体の黙殺と否認の制度の外にある
ことをしみじみ感じた」しかも、その黙殺と否認は、べつの黙殺と否認と共犯関係を
つくる。(ここで酒井は、「ひとつの国民共同体の...制度」、そして「べつの国民共
同体の...制度」としているが、国民共同体や制度に限定しない方がおもしろいこと
がいろいろと考えられそうなので、あえて、書き変えています。)
「黙殺と否認の制度こそが帝国主義的な国民共同体を密かに支えていくものであるこ
とを知った」1982年のワークショップ体験より

4
近代は、歴史的には近代に先行するものとの関係で、また地政的には非近代、もっと
はっきり言えば非西洋との関係で了解されてきた。
<近代的>西洋と<非近代的>非西洋
そしてこの組み合わせは<非近代的>西洋と<近代的>非西洋という組み合わせを排除す
る。その組み合わせとの共存の可能性を排除する。
西洋なる同一性を定立するためには必須。

6
西洋は特殊を規定する普遍の契機を代表するのだ。,,,西洋は普遍的な極を構成し、
この極との対照で非西洋は自己を特殊として認知することになる。その点で西洋は世
界のあらゆるところに偏在する。

11
アメリカ合州国で経済的価値が他の価値に比べて重視されている事実は、アメリカ社
会が本質的に普遍主義的な社会であるということを表わすとされる一方で、他の社会
も普遍主義的要素を分有するとされた。したがって、ある社会内ての普遍主義的傾向
と特殊主義的傾向の対立は、その社会の合理的な変化の可能性を決定することになる。
歴史的時間は特殊性から普遍性への、抽象的普遍性から具体的普遍性への移行。

14
自己批判能力を欠いた普遍主義が、その内在的矛盾の事実に直面したとき何が起こる
か、(をポロックの「意味の破砕」が示している。)

17
日本文化を同定するために日本語の同一性を持ちだし、日本語の同一性をいうために
日本人の国民的同一性に根拠を求め、日本人の国民的同一性をいうために日本人の文
化・言語的伝統を証拠として利用する。この一連の同語反復,,
18
日本文化なる仮想された同一性が成立したのはむしろ比較的最近の歴史においてであ
り、...

37
だから<われわれ>という立場、つまり西洋あるいは日本という想像された立場から語
ろうとすれば普遍主義・特殊主義の対の支配から逃れることはできないのであり、い
かに過激な風を装ってみせたところで、その批判はたんなる不満や不平そして批判の
対照に対する嫌悪感の表明にしかならない。

西洋と非西洋=東洋の作用と反作用、か。

44
日本は近代的国民出ある。日本という領土の住民はその自己を保持するために自らを
「国民」として組織し、国家のうちに自己表現したのではなかったのか。,,,,西洋が
主体的同一性にかかわらない自然共同体ではないのと同様に、日本も自然共同体と考
えることはできない。日本は自己を表象しようとし、言説によってその統一体のイメー
ジをうちたてたはずだ。
「アメリカ人」という想像体が言説によってつくり出された効果であるのと「日本人」
の場合もまったく変わりがない。つまり日本は極端に「ヨーロッパ的」あるいは「西
洋的」なのである。

62
(丸山の「忠誠と反逆」)
民族といった共同性の像は、人種という社会美学的−感性的範疇がそうであるように、
国民共同体の、あるいは近代的な世界の成立の効果ではないかという問いが、あらか
じめ排除されてしまっている。,,,フランス買いめくやアメリカ合州国の独立のよう
な近代的な建国神話もまた神話にすぎない、という点が見逃されている,,,,ひるがえっ
て、古代神話といわれているものもまた近代的なものであるという視座が欠如し、明
治憲法下の建国神話の基礎となっている連続史観そのものの近代性が無視される結果
になっており、,,,民族の自立という考えそのものに潜む、近代的な神話性を見逃し
てしまっている

71
批判の対照と歴史的実践の標的となるのは、「西洋」にあって「日本」にないものだ
けでもなければ、「西洋」になくて「日本」にあるものだけでもなく「西洋」と「日
本」が共に抱え込んでしまったもの、たとえば、人種主義や帝国主義の遺制、そして、
排他的国民主義,,,むしろ「西洋」や「日本」という主体が十全に自己構成すること
は不可能であって、「西洋人」は必ず「西洋人」になりそこない、「日本人」が正真
の「日本人」であることはないという点を私は強調したいのです。そして、まさに、
この不可能性にこそ歴史的実践の倫理があると考えられるべきなのです。

78
米国の)憲法の役割のひとつは、社会紛争の効率的な解決ということよりも、社会問
題の創出にある,,,憲法は、社会問題をつくり出す。だから国民としての同一性は、
自らも、社会問題をつくることに参加する決意として表現されることが多い。
79
憲法に則って門抱いていきをすることによって遂行されるのは、不利な立場に置かれ
ていると感じている者が、その感じを公的な場で分節化することである。ここで避け
なければならないのは、社会的に有利な立場と不利な立場があらかじめ客観的に定式
化されてい存在しているという考え方である。

81
西洋中心主義を分節化する「仕事」は,,,,それまで当り前のこととして問題視せず、
不利な立場に女性や非日本人を置くことによって自己の立場を享受してきた者たちに、
それまで普遍視してきた彼等の常識とその合理性を懐疑することを迫るために、しば
しば、男性主義回帰や日本回帰を引き起こし、既存の合理性に関する問いかけへの拒
否を招くことになる。,,,予想しうる反発

82
憲法のひとつの役割は、このように、既存の合理性からいえば不可能性としかいいよ
うのないような「仕事」を国家の規模で肯定することであると、私は考えている。
,,,国民としての文化的一体感を強めていくことではない。,,,社会問題の創出を通じ
て人々が共存共生することを可能にする制度である。
しかし、なぜ社会問題の創出がこれほど重要なのか。それは、歴史による条件づけ、
つまり、過去の歴史の、現在における効果によって不利な立場に置かれた人々にとっ
て、同化主義によらない社会参加の可能性を切り開くからである。肌の色、性、帝国
主義の遺産、あるいは民族的に継承されてきたもの,,,,歴史は、現在における効果に
おいてその猛威を奮う。

86
究極の国民的同一性の構成を(カール・シュミットは)敵と味方が曖昧さなく区別され
る、戦争状態に見た。


「ノー・ノー・ボーイ]における国家の偏在について
112
母の姿勢は彼女が自殺寸前にみせる頑なさ、偏執性を予想させるが、そこにあるのは
帰属感への固執と、アメリカ合州国社会を否認し、そうすることで、逆にアメリカ合
州国の対極していの日本を、アメリカ合州国を否認する度合に応じて理想化しなけれ
ばならなくなる裏返しの同一化の論理
理想化された日本像における日系移民におしつけられた「日本人」のステレオ・タイ
プの内面化、「あめりか」と「日本」を序列関係でのみ規定する人種主義の倒立した
形での再生産

146
自己陶酔としての天皇制
153
天皇制に関連した議論
−戦争責任 154「尾宇部ウェブサイトの先進民主主義に権威を求め、それと
の落差によって日本を定位するという思考方法からは、欧米の側に内在する限界を批
判しつつ、日本の責任を追及するという複眼的思考は容易に生まれなかった。
−文化としての装置

162
ナショナリズム、ナルシシズム、天皇制

166
死産される日本語・日本人
−日本語という統一体の制作をめぐる(反)歴史的考察
国語あるいは国民語の起源をめぐる歴史的問いは、「日本語」そして国民的主体とし
ての「日本人」が、生まれると同時に死んでいた、あるいはすでに喪失されたものと
してしか生まれることができなかった
171
自己充足的な統一体としての国民共同体の形象は、国際社会における相互関係によっ
て支えられており、自己の国民共同体はつねに他の国民共同体との比較と区別を媒介
にしつつ構想される。
188
統一体としての日本語は、その存在を経験的に検証できるものとしてではなく、日本
語についての体系的な知識あるいは経験の可能性の条件として設定されるある理念な
のであって、統一体としての日本語そのものは経験できないということを意味してい
る。 
189
統制的理念は必ずしも、多言語性を排除しない。むしろ、理念は、反復との連関から
みれば、むしろ雑種性として可能であることを忘れるわけにはゆかない。,,,多言語
性を必ずしも、非分割体(individual)としての統一体としての、言語の多元的並存と
して考える必要がないのである。「理念は多数性である」,,,つまり、こうした統一
性を必要としない多言語性を構想する能力の喪失を伴いつつ、日本語は誕生したので
ある。
雑種的な言語(クレオール)から純粋日本語,,という仮設が雑種的な多数性を脱皮しつ
つ雑種的な多数性を排除するかたちでどのように構想されるようになったか、を分関
しなければならない。

同時に読んでいたのが「We 2004年6月号」だったので、183の歳時記考とともに、
「言葉は分かつ」んですよね。でもわたしたちが「日本」という言葉を使わないこと
がいいわけでもないのですから、言葉なしではわかりあえないのですし。

以下がテッサ・モーリス=スズキが引用している風。
--------------------
もろもろの「えすにっく集団」のあいだに引かれる物象化された境界線を疑問視する
ことは、酒井直樹による最近の著作のテーマでもある。彼は、近代国民社会はすべて
潜在的にはほとんど際限なく多様な「文化集団」へと下位区分することが可能である
と注意を喚起する。,,,とすれば、ある「文化的」もしくは「エスニック」な差異が
「国民のアイデンティティ」の外側にむかった境界を定義する過程にとって中核をな
すものだと選択されてきたのに対し、別の違いは取るに足りないものとして無視され
るのはどのようにしてか、という重要な問いかけがまた生ずる。,,,酒井によれば、
エスニック・マイノリティの同定と複製が国家にとって必要不可欠であるのは、ある
マイノリティを「異なるもの」として定義することが「多数派」の同質性と忠誠とい
う幻想を維持することに役立つからなのだ。
(辺境から眺める、モーリス=スズキ、164-5)
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by eric-blog | 2004-08-31 13:11 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

Education for Citizenship: Ideas into Acton

かくたです。
                       2004年6月3日配信
英国出張でいただいた書籍の紹介です。
梅村さん、ぜひ、お読みになった感想をお聞かせください。
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Education for Citizenship: Ideas into Acton
A practical Guide for Teachers of Pupils Aged 7-14
Nick Clough and Cathie Holden
RoutledgeFalmer, 2002

7-14才を対象とした市民性教育のためのテキスト。

3
学習の成果の例
1.真実 truth 時事問題、政治問題について多面的に真実に迫る
2.正直 honesty メディアの報道の仕方を知る、不正な情報の出し方を知る
3.正義 justice 資源の配分のあり方、経済的決定の影響
4.信頼 trust 子どもたちの声が届くこと、人権条約は市民を守る、協

5.義務感 sense of duty 学校の意思決定への参加、不正に対すること

これらの価値観は、ナショナル・カリキュラムに明示されている。(DfEE/QCA
1999/:10)

4
これらの価値観について学ぶ事例の紹介
ジンバブエの子どもたちの生活について、彼等に母国語での本をあげるプロジェクト
を通してイギリスの子どもたちが学ぶ。南アフリカの状況についての報道の「真実」
を確かめたり、彼等の生活を通して「義務感」を学んだりする。
education for value-based participation(Holden and Clough 1998:14)

5
アクティブ・ラーニングのアプローチをとること
・自己主張の力が伸びる
・コミュニケーションや協力のスキルが身につく
・創造性が伸びる
・民主的スキルが身につく
・変革のための行動の経験を獲得できる

アクティブ・ラーニングのアプローチ例
・小集団での話し合い
・オープンエンドな協同調べ学習
・ロールプレイ、シミュレーション、ディベート
・情報源について評価する
・コミュニティの人々との交流
・海外、コミュニティ外とのライブな交流
・ストーリー、伝記などを通して、人の生活、人生に触れる
・変革の民主的なプロセスに参加する
8
市民性教育にかかわるナショナル・カリキュラムの領域
・社会科、倫理/道徳 social and moral education
・地域関与 community involvement
・政治的リテラシー political literacy
また、カリキュラムの新しい側面としては次のようなエリアに関わる。
・対立の解決
。コミュニティへの関与
・市民と法について学ぶ
・民主的な手続きを通した意思決定を学ぶ
・グローバルなコミュニティについての意識
レッスンは以下のような概要で構成されている。
・目的
・準備
・進め方
・ねらい
・発展
「カリキュラムは、教師の知的な作業を通して、最善に開発され、進行されるのであ
る。」(Stenhouse 1980)

10
市民性教育が求められる背景
・他の人々と協働する
・社会的正義の原則をしっかりと獲得し、それにしたがって行動する
・批判的かつシステム思考ができる
・文化的な違いを認識し、そこから学ぶ
・問題をより広いコミュニティや地球という文脈から評価する
・対立を非暴力的に解決する
・環境を守るためにライフスタイルを変える
・人権を理解し、守る
・より公正な未来のために努力する
・民主的な政治に関与する

11
市民性教育の目標
・社会的正義と人権の原則に基づいた価値観の発達をうながす機会を与える
・異なる国家、宗教、民族のアイデンティティを尊重すること、人種差別主義に反対
することを奨励する
・学校を地域社会につなげ、文化間の学び合いを奨励する
・民主主義と法律について教える
・経済と環境の問題に取り組む
・議題を決定し、彼等自身の関心事を提案すること、そしてそれらについての学習を
求めること
・協同作業、アドボカシー、キャンペーンのスキルを教える
・民主的で政治的なプロセスへの参加のモデルとなる
・批判的思考と相互交流学習
・学校の風土と行動に実体化されており、生徒たちが教員が公正で、生徒の声が聞き
届けられており、それに対応する行動もとられていることに対する確信が持てること

などなど、ここで訳出した部分は、教員養成のための「ハンドアウト」となっている
ものである。
つまり構成として環境教育指導者育成マニュアルや人権教育ファシリテーター・ハン
ドブックに似ているのだが、ハンドアウトはあっても必ずしも、これらが「参加型」
で教えるものにはなっていないということである。
第3章以下にはアクティビティも紹介されているが、これらは生徒を対象としたもの。

第2章「民主的プロセス=学校評議会、学校議会、ピア・メディエーション」
第3章「言語と識字教育を拡大する」
第4章「コミュニティを学校へ」
第5章「社会倫理教育を拡大する」
第6章「民主主義について教える=政治的リテラシー」
民主主義の概念を学ぶ
権利と法律=ハンドアウト19 p.102がおもしろそう
136
スタッフ間での議論のためのアクティビティ「市民性教育のためにどこまでやっても
いいと思うか?」ハンドアウト27 p.137
このあたりがやっと、ERICが取り組んでいることに近いかなー。

市民性の教育について検討するためのレッスン・バンクがここから創れると思う。
生徒用アクティビティは「アクティビティ事典」に入れましょう。
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by eric-blog | 2004-08-31 13:09 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

自治体における「持続可能な発展政策」の実施状況調査報告書

かくたです。
                      2004年6月3日配信
何か、明確な結論が出るような調査ではなく、実態の把握が中心です。
政策は単一目的のものではなく、複数の領域にまたがるようなものを選んでいます。
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44-3(184)
自治体における「持続可能な発展政策」の実施状況調査報告書、環境自治体会議環境
政策研究所、2002年10月

イオン財団の助成を受けて行った調査。2002年8月のヨハネスブルグ会議で、1992年
のアジェンダ21の検証が行われた。そこでは1997年までに都市自治体が「ローカル・
アジェンダ」を策定することが求められている。日本でもいくつかの自治体が取り組
んでいるが次のような問題点が指摘されている。
・地球環境保全のみが全面にでており、産業、福祉、人権、教育などの多岐にわたる
政策部門との連携や広がりがない。
・市民参加が不十分。
・行動計画だけで、評価ができていない。
このような問題意識から、持続可能な発展政策についての実態を把握した。

5
持続可能な発展の定義
・経済成長と公平性
・天然資源と環境の保全
・社会開発
以上の3つの主要分野での統合が必要。(国連ホームページによる)
8
経済政策
環境政策
コミュニティ政策、参加
次世代のニーズ、などがキーワード
これらの4つの視点が、政策に反映されているか否かを判断

11
調査の概要
1798市区町村を対象に、アンケート。

24-25
レーダーチャートをワークシートに使えると思った。
8つの主要政策分野に対し、4つの視点との関連を重みづけしたもの。
人口による違いをみたもの
読み込むと面白そうだ。

27
60の政策についての実施状況
取り組み実施率の高いものトップテンと低いものトップテンのリスト

30
持続可能な発展視点別分析 30の政策について8つの視点別に分析してみた。
・産業の振興
・福祉の充実
・住民自治の推進
・環境の保全
・資源の適正利用
・良好な居住環境の整備
・広域的、国際的取り組み
・次世代、長期的持続

53-
宮崎県綾町の事例紹介
77
成功の要因分析
・農業が元気
・工房が元気
・交流人口が豊か
・コミュニティ意識が高い(生ごみ回収など、なければ実施できない)
・環境意識が高い
よくデータをとっている地域だなと思う。
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by eric-blog | 2004-08-31 13:08 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

歳時記考

かくたです。
                       2004年6月2日配信
昨日送ったと思っていたのが、まだありました。
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44-2(183)
歳時記考
長田弘、鶴見俊輔、なだいなた、山田慶児
岩波書店、1997
原著は1980年潮出版より

なんともおもしろい4人による放談録。歳時記」とはいうが、季語などとは無関係、
ただただ「3月はどうだ」「4月はどうだ」という季節とそれに関する話題が満載。
詩人、哲学者、精神科医、科学史家と多彩。
金泰生の「私の日本地図」が最後に取り上げられていて、歳時記を日本独特のものと
するのではなく、次のように結んでいるのがすごい。
321
「歳時記という考え方は、風の通る感じで見ているのだから、きわめて日本的で、朝
鮮原点方式とは対立するように見えるかもしれない。しかし、そうじゃなくて、どこ
でも人間のいる場所に一つのカメラをおいて見れば、普遍的な、誰でも使える方法に
なっていく。歳時記はそのように見られる可能性をもっているし、一民族、一国家を
これで越えていくというやりかたも出てくると思う。」(鶴見)

4
タテ軸に先輩後輩、ヨコ軸に同期の桜
という表現が、日本社会を表わしているなー。この時代ほどクリヤーな「日本社会論」
はないのではないだろうか。

5
学校の成績は服従する能力の証明

8
近代は不夜城を文明の指標にした。「春眠暁を覚えず」という句に寄せられてきた日
本人の偏愛には、ああ眠たいという切実な思いがこもっているかも
9
完全覚醒に向けて努力するヨーロッパ。それがヨーロッパ流管理の方法、教育の理想。
あるときはただ眠って何もできないというふうな組織でないと、組織としての人間ら
しさを守り切れない。立身出世に眠らないことはつきもの。

63
歳時記の根底にあるのはトーテム。それに人間がまなざしを向ける。そのまなざしの
向け方に、,,,ああ、おれと同じものをかんじたんだなという。
芭蕉とわれわれと時代を超えて、一つの同質性で融合する。時間は,,,どうでもいい。
一つの魂を持った個人の小がいではなく、
歳時記にはある種の抽象性。ヨーロッパの分類に対抗する。
一緒に同じものを見る。まなざしを共にする。

野口英世についてもいろいろと議論されているのが、おもしろい。
92
戦後の日本人はみんな野口英世になっちゃったんじゃないの。カタコト英語で世界中
を駆け回って、食と性の面では動物的にふるまって歩いているなんていうのは、はな
はだ野口的。
野口で際立っているのは「失敗」。
(どこかにカンで実験を絞り込むのではなく、網羅的に行うということ。そのために
発見もあるが何もないということのたくさんの積み重ね。エジソンについての「トリ
ビアの泉」でも、彼の残した200万枚にものぼるメモの99.8%は「くだらない」「失敗」
と言っていたのを思い出します。)

300
四季がほぼ言っていした姿をあらわす風土、それらの姿によびさまされて私たちの内
部にあらわれるものの共同性と連続性。それは断ち切ろうとしても、また断ち切った
ように一時は思えても、いつのまにか私たちの背後に立っている(鶴見)
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by eric-blog | 2004-08-31 13:07 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

育てよう!廃棄物会計

かくたです。
                     2004年6月2日配信
宮城さん、「週5」へのコメント、ありがとうございました。一方的に送っているも
のではありますが、レスがあるとうれしていですね。読み物としてのまとまりがない
ことが多くてすみません。

今回は環境自治体会議第12回いいだ会議で入手した書籍からの紹介です。

----------------------
44-1(182)
育てよう!廃棄物会計
−知っておきたい自治体のリサイクルコスト
庄司元監修、容器包装リサイクル法の改正を求めるごみ研究会・編、日報出版、2003
http://www.alpha-net.or.jp/users2/binnet/

廃棄物会計の3つの基本数字
1.資源化率はいくらですか。
2.リサイクル費用はいくらですか。
3.自治体の負担割合は何%ですか。

環境会計に記載されていること。28
1. 貨幣計算レベル
2.非貨幣計算レベル
3.記述情報レベル
(環境会計ガイドブック、
http;//www/env/go.jp/policy/kaikei/book2002/index.html)
「会計は経験の蒸留」経験の積み重ねから構築されていくもの。

難しいかったことは、43-
1.流れの把握
・処理、リサイクルに関する費用を拾いだす
・種類別の流れの数字を拾い出す
・按分のための数字を整理する
・「ごみ」「資源」に大きく割り振って単価を出す
・資源物についてさらに細かく割り振って単価・自治体負担率を出す
2.ごみと資源の大きな割り振り
・職員経費、広報費
・稼働にかかる費用
・施設、車両費
3.資源物についてさらに細かく割り振る
・資源化品目ごとの量をどう把握するか
・「資源化」の量は収集ベースか引き渡しベースか

93-
作り方、知らせ方
使い方 未来像を描く、循環型に近づく、ごみゼロ社会の創造、
育て方
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by eric-blog | 2004-08-31 13:06 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

科学は正しく伝えられているか

かくたです。
                       2004年5月25日配信
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43-5(181) 科学は正しく伝えられているか
訳 医学ジャーナリズム研究会
紀伊国屋、1989

News Reporting-Scienece, Medicine, and High Technology
Warren Burkett, 1986

「180 性差の科学」でも、ウィルソンが「遺伝子決定論」的な表現を行った時も、
彼自身は仮説的に問題提起しようとしたものであったのが、メディアによって誇張さ
れ、「性差は遺伝子による絶対的なものだ」というような断定を行ったかのように流
布したことが指摘されていました。

では、さて、「科学は正しく伝えられているか」です。
ここで、養老さんの「バカの壁」と藤垣さんの「ジャーナル集団」の限界という科学
の側の問題や限界も踏まえて、考えていく必要があることは、言うまでもないですが、
いまや、「科学ジャーナリスト」なる専門家と専門分野までできているのが現実です
から、専門分化はとどまることを知らないですね。
もう一冊「歴史の中の科学コミュニケーション」も、忘れずに、考慮にいれておきま
しょう。

13
科学報道とは、科学として知られている組織だった知識体系での話題を方向すること。
−社会科学、自然科学の両方を含む
−応用面も
米国で300万人と言われる科学者に接触し、記事にする5000人以上の人々=「科学記
者」
14
「科学報道」はその情報がうみだされた狭い科学の専門領域の外にいる人々を対象に
する。
科学記者は、教育とコミュニケーション・システムを構成する一員。
究極に目指すものは、科学者と科学者以外の人との間にある情報ギャップを埋めるこ
と。
科学と人道のコミュニケーション・ギャップを憂慮したのはC.P.スノー(1961)

科学とは何かを述べたいくつかの言葉の中に次のような矛盾がある。15「物理学とそ
の5次元」1972、シュレーラー
−科学は自然の制御である=宇宙を研究するコスモロジーは含まれなくなる
−科学は物質世界の研究である=数理物理学が排除される
−科学は公共の知識である
−科学は実験的方法である=観察的な手法は科学から除外される
「科学は多くの観察からの論理的な結果からなる」
16
科学における多くの最も優れた理論は貧弱で、しばしば間違ったデータにもとづへい
てきた。科学には、事実と論理だけでなく洞察と勘が必要なのかもしれない。出版さ
れた科学的報告には、科学研究に伴うある種の乱雑さはめったにみられない。

17
科学者のタイプ[コールダー,1963]
「純粋」科学者
「基礎」科学者
「応用」科学者
「技術研究者」
可能性を生み出す人(基礎科学、アカデミック科学者)、
それを可能にする人(応用科学者、技術研究者)
それを実践する人(技師)、
採算をとれるようにする人(社会科学者、経営学者、市場調査者、商学者)
学問の中心から外側に話題を広げていくことで、正確さと専門性を失っていく。

18
記者による翻訳は、科学者の目的と一致しないときがある。
20
科学は、科学者が行っていること。
科学は、まさに人間の所業そのもの


とここまで読み進めてみて、「うわさ」という本を思い出しました。いろいろな要素
がコミュニケーションには入ってくるのですね。
もう少し、構造をはっきりして欲しい気がしますが、目次は次のようになっています。

1.科学報道とは何か
2.科学報道の歩み
3.ニュースの選択
4.科学ニュースの取材
5.科学の歪曲とその回避
6.科学記事の書き方
7.科学報道と公共の利益
8.医療・医学のニュース
9.科学記事に対する制約
10.科学報道における倫理
11.科学ニュースの放映

この本が1986年のものですから、この後、もっと進んだものが書かれているのではな
いでしょうかね。訳をされた研究会のメンバーから。そちらを検索してみます。
牧野賢治
伊藤正治、大熊由紀子、大野善三、小沢和雄、角田拓子、清水勲、瀬尾隆、高津和子、
高間徹、西岡章恵、野沢俊一、泰洋一、平山豪、吉野晶雄
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by eric-blog | 2004-08-31 13:05 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

性差の科学

かくたです。
                       2004年5月25日配信
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43-4(180) 性差の科学

坂東昌子、功刀由紀子
ドメス出版、1997
恵泉

「生物の起源はメスであり、オスはその一部が分化してできてくる。」
「そのようなことがあきらかになってきたいま、女性解放に不利であるとか、有利で
あるとかの利がいを忘れて客観的に事実を直視してみよう」14

第1部は対談
1 性差とフェミニズム
シュルロ、チボー、「女性とは何か」人文書院、1983年、=1976年、フランスで開か
れたシンポジウムのまとめ=これが性差の研究の画期的な第一歩。

遺伝子の行動は、「種の保存」ではなく、「個体の存続」27

エドワード・ウィルソン「社会生物学」1979
遺伝的決定論=性差別、人種差別、社会ダーウィニズムの合理化28
木下清一郎「心は遺伝子をこえるか」1996、東大出版会
わたしたちは遺伝子に隷属する単なるあやつり人形ではない29

さまざまな差異は常に程度の問題 という考え方まで

「ヒトの祖先型の配偶システムが一夫多妻的である」ということがイコール「祖先型
の配偶システムをそのまま現代も踏襲すればいい」ことにはつながらない。39

「ヒトの子どもは、脳が大きく、成長速度が遅く、教育するべき事柄がたくさんある
ので、子育てには女性を取り巻く社会的な協力の単位が必要」40
協力者の第一候補が「父親」
そしてその次に「女性の親族ネットワーク」、女性が親族ネットワークから協力を取
り付けることができる場合、一夫多妻にもなりえるが、それは、結婚できる男とでき
ない男を増やすだけで、男性にとっては不利。

マードックの研究によると[1967,41]
849のケース中
137 一夫一婦
708 一夫多妻=認められている、のだが、実現できている、のとは別。
4 一妻多夫

2 攻撃性の性差
3 脳と認知機能
4 未来への展望
個性は性差を超える
「である」ことの認識と「であるべき」ことの決断
二つの未来「こうあって欲しい」未来、「必然的に起こる」現実の未来(バナー
ル)

第2部は論文

ウィルソンの「知の挑戦」について、再度読んで見る視点が得られたのが良かった。
カテゴリーの危うさは、女男に問わず、民族、人種でも同じなのではないかと思う。
「配慮すべき違いは何か」が大切なのだということは、この本の中にはまったくなかっ
た。「保護」とか「教育」というものの社会的な意味というのは、あまり認識されて
いないのかな。

では、日本社会が女性を幸せにしない社会なのだろうか。最近読んだどこかに、「な
ぜ、こんなに女性が長生きなのに、抑圧とか差別とかが言われるのだろうか」という
声があったなー。AERAの記事かな? 女性の長寿世界一は、実は「だんなよりは絶対
長生きしてやる」という根性で達成されている?

ジェンダー・フリー教育、どこへ行く?
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by eric-blog | 2004-08-31 13:03 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

菜の花エコ革命

かくたです
                      2004年5月25日配信
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43-3(179) 菜の花エコ革命
藤井 絢子、創森社、2004

もう、3年も前のことになりますか、茨城のエコカレッジ講座に企画提案した「菜の
花プロジェクト」やっと本になりました。そのときはまだ「菜の花」プロジェクトに
取り組んでいるところが少なかったので、土浦をフィールドに環境教育指導者育成に
取り組めればいいなと思った次第。企画は通りませんでしたが。
菜の花から創るVDFあるいはBDFと言われる植物由来のディーゼル燃料のことなのです
が、バイオマス=生物資源を活用したエネルギー革命です。

著者の藤井さんは、1970年代の琵琶湖赤潮問題から合成洗剤反対運動に取り組んでき
た草分け的存在。元気な方です。お話しの経緯はこんな感じ。

合成洗剤反対=洗剤に含まれるリンや窒素が富栄養化をすすめる

石鹸を使うことを進める

廃油から石鹸づくり=せっけんだけでは廃油は全部は活用できない

廃油からディーゼル油=今度は、廃油だけでは足りない

菜の花から油、それをディーゼル油に

こんなことです。おもしろいですね。いろいろなことがつながっていくのって。

ぜひ、この本は読んでください。活動が積み上げてきた「情報のストック化」とはど
ういうことか、なぜ、それが必要なのか、という視点から見るとおもしろいよ。
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by eric-blog | 2004-08-31 13:02 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

0歳からのジェンダー・フリー

かくたです。
                      2004年5月25日配信
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43-2(178)
0歳からのジェンダー・フリー—男女共同参画・山梨からの発信
山梨県立女子短大ジェンダー研究プロジェクト
生活思想社、2003

石和町の実践81-93

文部省事業に参加
まずは「知ってもらう」ためのパネル・シアターづくりから
町の図書館に「ジェンダーフリー・コーナー」が、そこにパネルも展示して
小中学校の図書館でも、同様のコーナーづくりに
出前講座を保育所で。


199-202「保育の場における子どもの姿をめぐって」
観察されたエピソードとして、保育園段階で、ジェンダー・バイアスの現われている
事例が紹介されている。
こういうことを読むたびに、何かを身につけて行かなければ「人間」になれず、身に
つけていくと、その社会や文化のもっている差別・バイアスを引き継ぐことになるの
だろう。そして、それを「脱学習する」努力があって、しかし、根本的なところでは、
自分の矛盾した側面を押し付けているということに気付かざるを得ない。自分自身の
育ちの中で、からだ感覚で「イヤダー」と思い続けてきた男女差別のレベルが、次の
世代のからだ感覚では「色」や「服装」などについてはとてもさばけているのに、役
割では違っていたりする。「おいしいお弁当つくてあげる、ウフン」なんて。しかし、
それも「求愛行動」ホルモンがばんばん出ている時、たかだか15-25才の10年間のこ
とであれば、なんだか可愛いと思えもする。問題は、その時期以外をも、人間は生き
続けなければならないということ、その時期に何をどう選択したかが、結構後々影響
するかも、ということかな。
ジェンダーも、ジェンダー・バイアスも、生身の人間の姿、言葉、感覚、表現、価値
観を通してしか、共有されえないということが、おもしろい。
本当に、自分自身にとって必要だと思える「ジェンダー・バイアスからの解放」を求
めての行動であるのであればいいのだよね、としか言えない、です。

「男の子は●●である」というアクティビティを思い出しました。ジェンダーについ
てはうるさい人も、男の子の育て方についてはうるさかったです。それはなぜなんだ
ろう?
昨年紹介した「22-4-83 男の子はどうして?」のような性差に配慮した教育のあり方
も、やはり検討される必要があるのだろうか、考えてしまいます。

山梨女子短期大学のジェンダー・フリー教育プロジェクトの報告であるこの本には、
プロジェクトに参加した大学教員たち女男の声が紹介されていて、それがおもしろかっ
たです。そこから触発されたことをいくつか。

205
「介護施設を利用する女性高齢者が男性より多い。」
ウチの親たちも、そうなるだろうなー。母親が元気であれば、父親の面倒を見るだろ
うし、父親は、母親の面倒は見れないだろうし、父親の方が6つ年上だし。父親なく
なって、母親に介護が必要になったら、やっぱり施設、かなー。そのころには、わた
しなんかも60才過ぎているから、老老介護同居、かな?

216
「ジェンダー疲れ」「ジェンダー飽和」にある学生もいる。

「個人の生き方、集団の幸福、いずれが大事か。というアジア的教育問題のたて方。
批判的思考を繰り返すことで、私たちは幸福や健全にたどり着けるのでしょうか。」
218

阿部真美子さんの「ジェンダー再生産と保育の現場」222-230 
における
「女男二分法」による子どもたちの動かせ方は、幼児の個性よりも女男別カテゴリー
で見てしまいがちな、保育者の「個」を見つめる目に対する「バイアス」がかけられ
るということ。
という指摘はおもしろい。
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by eric-blog | 2004-08-31 13:01 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)

性教育が深まる本

かくたです。
                        2004年5月25日配信
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43-1(177) 性教育が深まる本—〈小・中・高校〉ビギナーのための20の講話と1つの対話
村瀬 幸浩、十月舎、星雲社、1999

性教育が、少数の教師の手から離れ始めたのが1992年。
「性」という一人ひとりの生育と価値観、人生観に関係の深い学習課題に取り組むこ
との困難さ。
性の教育、学習を支えていた学問は、生理学、医学、産科学だった。これでは、「援
助交際」の問題に立ち向かえない。避妊の知識は相手との関係の力を育てない。
これからの性の教育、学習は、従来の諸科学をベースにして、さらに社会学や法律学、
あるいはジェンダーや人間関係論、加えて女性学、男性学などの学問を取り込むこと
によって、初めて現代を生きる力、自己決定の力を育てる道がひらかれると考えられ
る。

Lesson1 出産の話はとてもプライベートなこと。「おかあさんの話を聞いて、
「お母さんありがとう」」から「赤ちゃんとお母さんの共同作業」という認識へ、お
母さんに焦点を当てること、から家族に焦点を。

Lesson2 母体は胎児を退治したがる、なんて冗談を言ってしまうぐらい、「異物」
との共存は体にとって大変。「母体に依存しながらも、相対的に自立した生命体とし
ての準備」をしている存在だ。

Lesson3 親として生まれる子どもが健康であることを願う気持ちは当然、しかし、
性教育という以上、すべての子どもに読ませられる、語ることができる内容として普
遍性が必要。そういう内容づくりを目指しながら相互批判を通じて追究していこう。

Lesson4 性教育=いのちの教育、という図式で、女性を生殖機能を持つ存在とし
てだけ扱い、性の主体者として見ていないのは、おかしいぞ。子どもたちを性の主体
者として育てよう。

Lesson5 生物的性別が形作られるのはいろいろな段階がある。染色体、性器、脳、
時期がズレでいる。「育て方」によっても脳の性分化は影響される。8-9才で脳が完
成されるまで、性の自己認識は固定されない。性的個性は多様だ! 性別異和感もい
ろいろ。

Lesson6 生殖行為としての性交、性的ふれあいの喜びのための性交、匿名性で行
う性交、生殖についてさらっと語れれば、ビギナーの域を脱出できる!

Lesson7 「裸のサル」の特別に鋭い「ふれあう」ことの安心感と快感、幼児がえ
りだ。性器は快感感覚器。性の自己管理の主体、性的表現の主体、からだ性器のプラ
イバシーの主体を育てよう。性情報を見抜く主体もそだてなくっちゃ。

Lesson8 匿名での性、被害にあわない方法、被害にあっても自分のせいじゃない。

Lesson9 女を母に閉じ込めて語るな。「産む/産まない」は選べるけれど「産め
る/産めない」は女も男も選べない。

この後、エイズ、「従軍慰安婦」=戦時下における「無差別強姦」から「組織的強姦」
へ、女を「生殖の性」と「快楽の性」に分断する、避妊、援交=買春、売春の問題以
前にそこで起こっている実際のことを教えよう163、ジェンダーとヒドン・カリキュ
ラム、スクール・セクハラ、レイプ=同意のない性的行為、性的欲求も性行為も本能
ではない、性欲が女を支配するパワーとして創られたのは近代、生理的快感と心理的
快感
などなどの講義が20ありまーす。
大切なことは、わたしたち教員の側が、性教育を受けたことがなく育ってきているの
だから、まだまだ学ばなければならないことはたくさんあるはず240、ということ。
性のあり方は一人ひとりの持つ人権なんだよ、ということ。 

赤ちゃんが来た、石坂啓、朝日新聞社
笑う出産、まついなつき、情報センター出版局
からだの謎学177、北村蓉子、日本文芸社
アダムとイヴの科学、熊本悦明、光文社
文かとしての妊娠中絶、ボッツ、勁草書房
悲しみを裁けますか、人間の科学社
おかあさんはうちゅうせん、福世武次、講学館、1971(「五体満足へのこだわりが残
念」36)
女のつよさ男のよわさ、水野肇、東京書籍
性がここまでわかってきた、大島清、光文社
女から男になったワタシ、ある性転換者の記録、虎井まさ衛、青弓社
シリーズ/科学・人権・自立・共生の性教育 全8巻、あゆみ出版
仏教と性、源淳子、三一書房
セックス神話解体新書、小倉千加子、学陽書房=言語を獲得できないとジェンダーに
組み込まれない
ファースト・フード・ラブ、ウェザーフォード、広済堂
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by eric-blog | 2004-08-31 12:59 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)