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ダギーセンター Donna L. Shuurman、センター長 ワークショップ

ダギーセンター

Donna L. Shuurman、センター長

杉本さん、グリーフサポートリンク(NPO法人)代表 挨拶

えりかさんが通訳。

参加者60名程度。


世界で初めてのプログラム。1986年から立ち上げから関わってきた。

https://www.dougy.org/news-events/news/the-dougy-centers-executive-director-takes-on-new-role-after-29-years-with/1675/


来日20回目。今回は、京都で講演会とワークショップ、昨日東京で講演会。


理論と実際をやっていく。家族あるいは友人を亡くした子どもを支援する活動をしている。


まず、どんな人が来ているか。手を挙げてもらっていいですか。もちろん、挙げたくない人はいいんです。それはダギーセンターの基本のお約束ですから。


学生: 女性一人、男性4人(東京福祉大学、鈴木先生からの紹介でリンクでボランティア)

雇用されている人: かなり

学校などでボランティアなど: 

病院: 5-6

行政: 3-4

NPOや組織:

看護師、医師:

スクールカウンセラー: 0


インタラクティブに進行していく。深刻なことを話すのだけれど、だからと言って、笑いがあってはいけないということはない。


まずは、互いを知り合うエクササイズ「お似合いのイニシャル」5-6人のグループを作ってください。ボールを一グループに一つ渡すので、一通り紹介したら、その人の名前と形容詞を言いながら、ボールを投げてください。


なぜこのアクティビティで始めたか。名前を覚える、ちょっと馬鹿なことをやる、リラックス。

死は難しい話題だが、それでもわたしたちは楽しむことができるし、笑いあえるということ。

楽しむことができる力、誰かと一緒にいることなどが、悲しんでている子どもには必要なこと。


ダギーセンターについて

ダギー少年は13歳になった時、医療のためにポートランドにやってきた。14歳で死亡。脳腫瘍と9歳の時に診断された。彼は、ロス博士に手紙を書いた。


死とは何か。死ぬとどうなるのか。

なぜ大人は死について、僕の死について語らないのか。「諦めるな」とか「大丈夫だ」とか言うばかりで死の話題は避ける。



その体験をロス博士は、A Letter to the Child of Cancerという本にまとめた。「ダギーへの手紙」


https://books.google.co.jp/books?id=0MgW6TUy8T0C&pg=PA69&lpg=PA69&dq=Douggy+%26+Ross&source=bl&ots=h3TBichYFi&sig=-eA2BI5LHy8jLUdMNIydc7O0vgU&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwix4uilsYjYAhWBFpQKHToIBfIQ6AEIOzAG#v=onepage&q=Douggy%20%26%20Ross&f=false


Ross博士がビバリー・チャペルさんを病院にダギーを訪ねるようにと送った。


チャペルさんが病院を訪ねた時、ダギーは他の子どもと、大人ではできないやり方で話し合っていた。「不公平じゃないか、大人になるまで生きられないなんて」とか。大人はそのような発言を聞くことが辛いので、部屋から出てしまう。


10代の男の子たちに「女の子にキスしたことある?」とダギーが聞いていた。


医療的解決はないかもしれないが、それでも良い終末期を過ごすことができる可能性はある。医療的希望はないかもしれないが、生きる希望はある。


その後、チャペルさん夫婦が自分たち自身の家をオープンにして、同様の立場にある子どもたちが話し合える場所を作った。


36年前、1981年の12月に開始。今も活動拠点の一つ。


今は500箇所以上、世界中にある。


子ども対象のプログラムは、以下の年齢区分で行なっている。

3-5

6-12 一番数が多い。

13-18

重複 8-14 自分たちがいたい年齢層を選べる。


15年前に青年19-24歳を想定したプログラムも始めた。しかし、悲しみは24歳で終わらない。

25歳以上も始めることになった。


同時に、支援者グループのミーティングもする。子どもがいる時には、同じ建物の中でその保護者の大人もいること。


現在、500名の子どもたち、360の両親、二週間に一度90分のプログラム。

死んだ人や死んだ原因によって、グループを分けている。


来所する期間は彼らが決める。16-17週が平均。だが、6年間続いて来ている人もいる。


プログラム参加費は無料。60%は父親が死亡しているので、お金は取らない。


プログラム担当のスフッフが8名。200以上のボランティアを動かしている。


Death is a life-altering event, but grief is not a pathological condition.


米国での強い運動がある。DSMComplicated Grief。グリーフを医療行為の対象にしようと言うことだ。


しかし、わたしは、専門家の支援が必要だと、レッテルを張ることには反対。支援を受けてよくなる人もいるだろうが、医療行為の対象であるというレッテル貼りは、違うと思う。

社会そのものが死を受け入れるようにしたい。


見ている側として辛いから、私たちは向き合うことを避ける。しかし、「治す」「処置する」対象としてみるのではなく、「聞く」ことの力を知ってほしい。


この写真は、弟が生まれるのを楽しみにしていた男の子が、お墓で遊べるように墓石の上を砂場にしてあげた。弟は生まれて五日目に死んだのだ。


これまでにわかったこと。


6-18歳を対象に。両親が死亡した子どもたち。15年の継続的研究を行った。


うまくやれている子どもと、うまくやれていない子どもを比較した。

健康な大人になるために必要なことは。Healthy Youth

保健衛生の社会課題として研究した。


アーウィン・サンドラー。Sandler


両親の精神的な健康状態が子どもたちの健康状態に影響していた。

不安が強いと子どもは育ちにくい。


生存している方の親を巻き込むのはどの段階がいいか。彼らの回復をどうするか。課題として共有された。


8歳から23歳の追跡研究。


wellうまく行っている子どもの口癖。 I feel understood. Others know what I have been through.という発言をする。だれかとつながっていた。理解された。


Not wellな子どもは。I am alone. Noone understand. という子どもたちは身体的にも感情的にもうまく行っていない。


二つ目の発見がある。


表現することができる子ども。音楽、踊り、スポーツ、芸術など。身体を動かすことによって表現している。


両親に対するグリーフは、私の心の中に閉じ込められているわけではない。


センターは、二つの仕事をしている。


11:11  UCLAのダニエル・シーグル 10代の脳、治療的関係性について。治療を受けている子どもに、なぜここに来るのかと聞いた。子どもが言ったのは、専門的なことではなく、

I feel felt. I feel I am understood. だから、役立っている。触れ合えた、理解された感覚。感覚的なことだった。



■グループ作業「どんな時に理解された」と感じるか。力学、行動。[10-12min.]


・共感的傾聴

・そこにいてくれる。柔らかさ。ハグ。

・集中して聞いてくれている。今、ここで

・正確なフィードバック

・的確な質問、深堀。

・忠告や助言は嫌

・否定しない


11:32 シェアリング

ちょっとした言葉のニュアンスの違いでも繰り返されるものが何かを知りたいので、言ってください。一番後ろで、最初に当たらないと思っているグループから。


  • λ質問してくれる
  • λ否定しない
  • λ「前もこれだったよね」で受け止められたと思う人と余計なお世話だと思う人
  • υ目に見えるものと目に見えないもの。
    • ¬相手の誠意が見えた時
    • ¬反応があった時、アドバイスがあった時。
  • ν相談している時に、おうむ返しだけではなく、自分で咀嚼して自分なりの言葉で確認された時。
  • ν沈黙を大事にする。
  • ν言わなくても、理解してもらえる。
  • ν客観的に、「あなたはそうなんだね」と受け止めてもらえる。
  • ν辛い、同じ境遇の人には共感できる。理解されていると感じる。
  • νひたすら、批判しないで聞いてくれる。
  • ν理解されるという言葉を日本社会では使わない。共感? 同じ立場であることが共感には大事なのか? 信頼関係がまず大事。
  • 否定されない、批評されない。
  • 抱きしめられた時
  • 顔の表情、非言語での表現
  • 確認や質問してくれると努力が見える。
  • 信頼関係、関係性があると話がしやすい。
  • 気が楽になるのは、強い感情にとらわれて狭くなっている時に、別の視点を示してくれると楽になる。
  • 黙って寄り添う。最後までは聞いてくれる。
  • 共振、共に揺れる、触れる感覚。エンパシーかもしれないし。
  • 素直な感じで、声をかけてくれる。労い。
  • 仕事で夜遅くまで頑張っている、その大変さもわかってくれた瞬間。
  • 何気ない仕草。黙って一緒に涙を流す。肩をだく。
  • やりたいことを応援してくれる時、気持ちは伴奏している状態
  • 何かミスをしてしまったりした時、結果に焦点を当てるのではなく、そこに至るプロセスも服めて、一緒に考えようとしてくれる。
  • たとえ意見が違ったとしても、「あなたはそう考えるんだね」とか「あなたはそうしたいんだね」とその人自身をそのままに受け止めてくれる。そのままにしておいてくれる。
  • その人の歩みも、ペースも、そのままにしてもらえると理解されていると。
  • ちょとしたことに、気づいてくれる。本人も気づいていないこと。それについてジャッジメントが入らない褒め言葉であれば、嬉しい。
  • 表情、うなづき、言葉も入らずに、ポンポン、ハグ、そのまま体として受け止めてくれている。
  • ¬自分が一番苦しい時に、そばに居てくれる。
  • ¬話し手本位で聞いてくれる。答えを求めるわけでもない。時間を共有してくれる。
  • ¬居場所を作ってくれる。
  • ¬ちょっとした言葉をおうむ返しのように使ってくれる。覚えていてくれる。
  • ¬手を握って、間を教諭してくれる。言葉にならない時間や空間。
  • λ反応に関わるもの
  • ¬集中して聞いてくれている
  • ¬そばにいてくれている
  • ¬柔らかい空気感がそこにある
  • ¬否定されない。
  • ¬言葉で、こちらが言ったことを正確に返してくれる。
  • ¬的確な質問が返ってくれる。自分を知る
  • ¬上から目線のアドバイスは不適切。


すごいですね。この反応から、一章をかけると思う。[前の照明をつけない理由。ブルーアイで疲れる。左利き。]


Attentive, not over, not invasive.

Ask questions, but right ones. 

Why do you feel that way? では理解されたように思わない。

Whyで始まる質問はしない。子どもたちはよくなぜを使う。私たちが思う質問は「Why」はinvasiveである。「攻撃的」と通訳は訳したが。

Openな質問は、Whyで始まらない。Yes, Noでは答えられない質問。


何年も前、1991年にABCのショーがセンターに来て、子どもたちにインタビューした。20/20という番組のジョン・スコッセル。


インタビューの対象に言語化が上手な子どもたちを選んだ。「Was it hard to go back to School?」とばっかり聞いていた。「Did you had a hard time with your friends?Yes, Noだけで答えてしまった。休み時間に、ジョンが、「子どもたちが何も答えてくれない」というので、「はいいいえで答えるような質問をしているからよ」とアドバイス。「How was it like to go back to school?/ How did your friends treated you?」などがベター。


Attentiveすぎないこと。

Cross-examined は不快。適度に覚えていてくれる心地よさ。

No judgment  判断しない、評価を交えない。

You shouldn't feel that way.  などと感情を否定しない。

Just being able to listen without judgment.

質問する代わりにただただ聞く。


Genuineであるか否かはわかる。言葉と行動が一致しているかどうかはわかる。

同じ気持ちでいること。

これらが私たちがグループや個人に創り出したいもの。子どもに対応する人に育てたい力。


欠けているのは、「人々がどう感じるか、どう考えるかを私に言う」ようなことは書かれていない。「人が自分の体験や知識を語り出すこと」。「他の処方」などもここには出ていない表現だ。


■アクティビティ 紙とクレヨンを使って。「0-18歳のロスと感情をふりかえる」

二つ理由がある。どんなフィルターを使っているか。

感情やふりかえりが「ツール」になる。

グリービングしている子どもを学校やその他の場面で受け入れる時に、考える、認識するために大切なことを理解するため。


共有する、板書

  • 悲しい
  • 寂しい  loneness
  • 不安
  • 心が空っぽ
  • 劣等感  inferior
  • 後悔
  • 罪悪感
  • 孤独
  • 絶望
  • 怒り
  • 騙された感じ
  • 恐怖  fear
  • 開放感
  • 封印する。思い出も。 resignation
  • 驚き
  • 緊張  tentions nervous
  • 失望 
  • 知られたくない、隠したい self-protection


幸せとか楽しいと言う感情ではなく、辛い、後悔するような感情の方が多い。感情にいい悪いはつけたくないが。


私たちは、これらの感情を感じたくない。しかし、感情は感じたくないからといってさってはくれない。


大人は子どもたちにこう言う感情にならないようにうに手伝ってしまおうとする。

やるべきことは、子どもが感じている感情を私たちが理解していることを伝えること。Ability to listen to sad and hard stories, without being overwellmed or trying to rescue.

必要な能力は、しっかりと受け止める。


もう一つ覚えておくいいい。「relieved」解放される。終末治療にかかっている子ども、病にある人がなくなることによって安心、ホッとした気持ちになることがある。


これまでたくさんのこどもに対応して来た中で、10-12人の子どもだが、「父親が死んで嬉しい」と、殴るなどしていた父親について言う場合もある。


12:30

13:30


モンターニュ「子どもが遊んでいる時、子どもは遊んでいるのではない。彼らにとっては、最も真面目な活動なのだ。」


見る、見守るのといっしょに遊ぶのは違う。

ホテルの窓から見ていた。


ダギーセンターではいっしょに遊ぶ。子どもが入らないでと言わない限り。

大人として自意識を忘れ、子どもがやってと言うことをやることが大事。それをやる理由は、子どもに「コントロールと力」を再獲得してほしいから。あなたが理解し、参加し、彼らを尊重していることを示すのです。


病院ごっこの部屋。


子どもは患者になりたがらない。子どもは白衣を着て医者役。

Powerlessに感じている子どもに自信をつけさせることがこう言う状況で

「私は医者。あなたは患者」と白衣を着ながら9歳の子どもが。「まず、足が折れている。」「そっちじゃない。別の方だ。」小さなことだが、そこにどれほどの力が、大人が彼らの言うことに従うことによって、得られているか。


遊びを通して、物事の意味を確立していく。


目的がはっきりしている遊びもあるが、ただただ面白いだけの時もある。


ダギーセンターに来て、「ひとりじゃない」「楽しかった」と思ってくれるだけで、センターの目的は達成されたと思う。それ位゛賞のものを持ち帰っている。死別の体験とはどのようなもので、どんな感情があり、どう変化するかを知る。


悲しいと幸せが揺れ幅が大きい。


彼らのレベルでうまく遊んでいたら、グループを離れて自由時間になった時、あなたを選ぶでしょう。


活動している組織からも発表してもらいたいが、まず、一つアクティビティ。


13:42

■全体アクティビティ Step forward if 

共通するもの、違うもの。左利きの人? と聞きましたね、そこに繋がりが生まれる。

全員でサークルを作る。前にスペースを作って。当てはまる場合は、一歩前に。


最初は簡単なことから。


本を読むのが好き

チョコレートアイスが好き。


大阪出身  私だけ、親が自殺、皆無。 なんかショック。


ダギーセンターでの子どもグループ。


グループの最初にオープニング・サークルを行う。

定常活動がある安心する。グループの中の全員が「名前」「年齢」「亡くなった人」「亡くなった原因」などを共有する。


紙粘土。トーキングスティック。先住民の伝統だが、飾りがついている場合もある。「誰が持っている?」と言うだけで、気づく。尊重する気持ちを育てる。


「誰が最初に始めるかな?」誕生日が近い人。などで決める。聞く話題を子どもが出してもいい。


半分以上の場合、エネルギーレベルが高いので、そのままプレイタイムに行く時もある。自然なイベント。12月にはキャンドルライト活動、休暇のシーズンにちなんで死んだ人の写真を飾るとか。


クリスマスという言葉は使わない。

父の日、母の日などの行事のある日々など。ハローウィーン、メキシコの「死者の日」。彼らが何をしたか、何を読んだか、彼らの何がなくて寂しいか。


アート・プロジェクト。マスクを作ったり。by choiceであること。


オープニングは10-30分。


その後、自由遊び時間。部屋を決めて、始める。途中で変えてもいい。

2009年に火事で前のセンターが消失。今の建物は二代目だが、

新しいセンターは、真ん中に大きな部屋、小さな部屋が周りにあるレイアウト。

砂箱遊び、アート、

など。

部屋の作りの選択肢はたくさんある。


11の場合に、何があったか言ってくれることがある。全てではないし、万能でもないが。


中高生や青年グループでは、次に起こることを話し合ってもらう。


各グループからの報告。


(ここまで精査済み、この後はまだ備忘録程度)


休憩後


青少年に必要なもの。「良い手本になる」自分のことをケアしていない人が多い。

・からだのこと。

・正直に。感情を。

・真実を伝える。

・秘密を保つことがネットの存在のために難しくなった。何が真実かを知ることもだが。


自殺という汚名はなかなかな晴れない。知っているけれど、母親が言わないので知らないふりをしている。


悲しいときでも、笑いはあり得る。


■アクティビティ INside, OUtside


紙皿の一方に、内側、もう一方に表側の感情や行動を書く。


子どもにさせようとするアクティビティを自分自身もやることが大切。

ペアで3-4分で紹介し合う。


安全ではない。あるいはどう表現していいかわからない。など。


アクティビティが少人数である場合は、全員が紹介することもできる。10-15人ぐらい。


なぜ、その違いが出たか。

力強いメッセージを。「内面をどう表現したらいいかがわからなかった」という人。

「外的な理由で違っていた人」見せる機会がない、聞かれなかった。


子どもは機会がない。術がない。聞かれなかった。オープンな場がない。


コネクティングto your feelingなど。今までと違う感情を感じた人はいますか?


簡単なアクティビティで効果がある。

一日の最後に、

safety and security


全てのグループ作業の心がけは「safety

Practical実際的なものもある。血を触らない。叩かない。

Emotional 人のことをバカにしない、悪口言わない、


consistency 一貫性

predictibility 予測可能性

boundary and consequences 境界と結末


センターには規律、ルール、境界、がある。それを破った場合はこどもとともに、確認する。

大人は「かわいそう」と思って甘やかすことがあるが子どものためにならない。


ルールを守ってもらう。

お休みも必要。楽しむことができる。表現したくないこともある。


Avenues for expression 自分の感情を表現する道がある。火山の部屋など。


死を防ぐことができなかった。助けることができなかったと、大人が無力感に陥るということは子どもはどれほど無力感を感じるだろうか。


自分でコントロールできるという感覚を持つことが大切。


子どもたちにリードさせる。当事者意識を持ってもらう。


Memorializaiton, connection and meaning-making.


人が死んだ時、葬式の時など、食べ物を持って来てくれたりするが、何日かすると日常に戻る。しかし、当事者にとっては、ロスはBefore and afterは全く違ってしまう。


never the sameという本を書いたが、


その人はどんな人だったかを話してください。と。


Tell me about him.

どのようにその人のことを覚えておくか。


覚えておくための、色々な活動がある。記憶することもその一つ。

I am sorry that they died. Tell me who they were.」について話す。


自死で亡くなった子どもの調査をした。15歳の少年。「夢の中で会ったとしたら」どんなことを聞くの?と。そうすると、実は夢を見たのだという。


母親が金色の雲の中で、座っている。なぜ死んだの?と聞いた。

フィリップ、わたしはOKじゃないのよ。あなたのためにもならない。許してね。


あまりにも悲しい顔をしていたので、「許します」と言った。


でも、お父さんにはこの夢のことは言わないで。と。


わたしはその理由を知っていると思っていた。しかし、「なぜ?」と確認した。答えは思ってもいないことだった。


「お父さんはもっと色々な質問を出すから。」 そんなことは想像がつかなかった。


このことが教えてくれた。経験がどれほどあろうとも、人の中で何が起こっているかは、絶対わからない。


杉本挨拶。


無くしてよかったわけはないけれど、亡くなったことで、ここに来て、学び合い、気づくことがある。感謝の気持ち。時間を持てたこと。



最後に個人的に質問させてもらった。「わたしにはロスの体験がないのだけれど、それでもファシリテーターをやれるのだろうか?」と。ドナさんの答えは「ダギーセンターでもたくさんの人がそういう人ですよ。支援するのにロス体験の有無は関係ないです。」と。割合を確認するのも忘れたし、そういうデータを取ることも難しいことだろう。
ドナさんがワークショップの中で繰り返し言っていたように、「グリーフに寄り添う、受け止める社会にしたい。」ということなのだと思った。
日本のグリサポの課題だなと思った。今はトレーニングを受けても、当事者率が高く、運動が当事者運動になってしまっている。それをどのように社会運動にしていくことができるのかが課題だと思った。


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by eric-blog | 2017-12-14 14:47 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

子ども食堂 ぶどうの枝

豊島区地域福祉サポーターとして登録して初めてCSWさんに紹介されて参加したボランティア。事前の準備には参加できなかったので、「後片付け班」として登録。って、そんな堅苦しいものではないけれど。

写真に写っているマスクの人がCSW。日曜日の夜なのにご苦労様。しかも、一口もお食べにならないまま、お片づけまで参加。なんか、ギクシャク、難しい時代になったものだ。

場所は「巣鴨ときわ教会」。略して「ときわ食堂」とわたしは呼んでしまいそうだ。
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今も「プレオープン」と言う位置付けで実践中。しかし、2017年4月29日に第一回、五月はお休みして、第8回目。これまでメニューも、提供の仕方も色々と試行錯誤してきたとのこと。かなり実績あるじゃないか、と思えるオペレーションでしたよ。

前回は30名を超える参加者で厨房もてんやわんやだったらしい。今回は20名弱で、とてもゆったりと食べれたので、良かった。自分で盛り付けたのも、楽しい! でも床は汚れる(><); あっちを立てればこっちが立たず、さてどっちにする?

運営は「ぶどうの枝運営委員会」が費用を管理、実行委員が当日の運営を担うと言うやり方。運営委員に信徒さんが多いけれど、教会が運営しているわけではない。場所を提供しているだけ。平井牧師さんも大人の参加費を払って参加。平井お連れ合いは、ボランティアしているので無料。と全てとてもオープン。公明正大。なんと、運営委員会から教会に利用させてもらうたびに喜捨もしているとか。この寄付文化の浸透具合、驚きである。

そして、厨房の管理のしっかりしていること! マニュアルがしっかりあると言う。事前の消毒、調理中は上履き着用厳守、マスクと手袋は支給、三角巾とエプロン、上履きは持参。さすが、である。

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地域の出会いの場になるといいね。



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by eric-blog | 2017-12-11 10:58 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

アニマシオン勉強会第201回

アニマシオン勉強会第201

20171210日 午後2時から午後445


2001年から毎月一回続けてきた。

13名参加。全員女性、子ども一人、唯一の男性。

最終的には16名。教員と司書さん。


やまあらしぼうやのクリスマス、グランまま社、

黒木さんが読む。

「これ、誰のもの?」登場人物の持ち物カード。一枚ずつ、みんなに配る。配り終わるまで、見ないでね。カードを持った人が答える。わからない時は「助けてくれる人」

カードがみんなに見えるかどうか?3540人でやるものと、同じにいくはずがない。

手作りのカードがいい。

テキストに書かれているのは20人ぐらい。目的を見失わないこと。「みんなで楽しく」であればいい? 盛り上がる工夫はできる。「心に残していく。」と言う目標。「本好きになる。」すれすれの目標。能力を育てる。よく本を読めるようになれば、本を好きになる。「本が読めるようになる」

紙芝居方式は、受け身になる。

当たらなくても、どうってことない。


MAGI まぎ

クリスマスの三つの贈り物の本、賢者の贈り物、クリスマス・キャロル、

三人の賢者がやって来た。

16日、公現祭。ラクダに乗ってやってくる。

良い子にはプレゼント、悪い子にはラクダのフンが二つ。

クリスマスツリーはその時まで片付けない。

冨山房の絵本

カザロス


賢者のおくりもの

いくつものバージョンがあるが今日のは、リスベート・ツヴェルガー画矢川澄子訳、冨山房の1983年。さすが、おすすめだけあって、良い文章だ。


黒木さんが読む。15分であらすじを200字。ひどい人のプライドが傷つかないように配慮。

書いて出したものは発表されて当たり前。「下手でいいんだ、」と言う文化にならないように。


自分の言いたいことは入っているか。使いたい言葉は入っているか。


発表する時は匿名で。内容に関心を持って欲しい。書いた人と中身を切り離して考えられるようになるために。


黒木さんが読む。一人ひとりが読むより速い。


わたしの例。

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先に内容をまとめること=「ラベリング」



■読解が育てる力と

収束的読解   注意、記憶、理解

まとめる読み方

拡散的読解想像、論理、創造、批判、表現

ひろげる


2段階を踏んで、両方の力をつけること。

読んだ内容を正確に理解できていることを前提として、ひろげるところまで。


吟味読み=クリティカルリーディング


表現まで。

読みました。あらすじについてまとめてもらいました。次に拡散的読解力を高めるために、


「では、400字の紙を配るので、書いてください。「デラとジムの二年後」」


・別れている by 山田

・子どもが生まれている



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by eric-blog | 2017-12-11 10:34 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

ミシュカの森 2017 子どもの命の傍らで

ミシュカの森 2017 子どもの命の傍らで

2017129


ヒューマンライツ・ウォッチ 土井香苗さんよりメッセージ

「嘆きが運動の原動力。人権活動家としてのすべての活動の出発点。

無関心が障害。この集会が良心と行動を引き起こしますように。」


VTR (12) 世田谷事件 未解決 宮沢一家四人殺害。

入江杏さんの経験。宮沢さんは彼女の妹。二人の子どもがいた。

にいなちゃん、8歳。礼くん、6歳、発達障害があった。


「障害児がいると幸せになれないと・・・・でも全部ひっくるめて幸せになっていいんだ」と妹さんは思うようになっていた。礼くんがいることで家族の絆が強まっていた。


事件から14年。夫と息子、第一発見者の母も合わせて、隣り合わせの棟続きに8人住んでいた。その家族の繋がりを「すべて失ってしまった」。何をする気も起こらなかった。


七回忌を迎えた時、にいなちゃんが書いた絵「スーホと白い馬」の一場面に、彼女自身を思わせるような少女が描かれていた。頭にバンダナ。事件の前日にかぶっていた姿と重なった。にいなちゃんに励まされた気がした。


事件のことを絵本にし、2007年から読み聞かせ。グリーフケアも学んだ。


悲しみは人間にとって悪い感情ではない。「どんなに遠く離れていても、ずっとつながっているから」。悲しみを生きる力にすることができるようになった。


大切な家族を失った人の繋がりが生まれ、新しくつながった。


グリーフサポートで出会った加治陽子さん、心の異変に気づいた。ストレス性記憶障害。7歳の時に兄が、その看病をしていた母が二年後に亡くなり、4年前に父ががんでなくなった。正しく悲しんでこなかったものが、溢れた。壊れたように泣き続けた。


細谷亮太さんのお話、「子どもの命の傍らで」。聖路加病院で小児がん病棟で勤めている。1948年生まれ、山形生まれ。

1960年安保の時は中一。学校の先生たちの危惧。これからどうなる?

大学進学を決める時には1970年安保目前。農村の医者二代続いた家柄。慶応に行きたいと言ったが、反対された。国立大学の医学部へ。卒業して、私立の病院に行きたいと思った。科を選択するのは消去法で決めた。その頃、乳児死亡や妊産婦死亡が多く、産婦人科はダメ。小児科を選んだ。


ところが、下についた部長が小児がんのスペシャリストだった。


大人のガンは3人に一人がなり、二人に一人がそれで死ぬ。上皮性の悪性腫瘍。

小児がんは一万人に一人。筋肉などの深いところから出る肉腫。出来上がった途端に体全体に広がる。切り取っても治らない。

代表的なものが白血病。血液の中に薬を入れて、やっつける方法を考えた人がいた。ハーバード大での実験。アミノプテリンを投与して16名中10名、寛解するも数週間で生存率ゼロ。1948年。


部長だった西村先生。ハーバード大留学し、1960年、帰国。

しかし、指導していたファーバーさんが、敗北宣言。1966年。西村先生は、日本で、予後不良の病気なのでトータルケアの大切さを説いた。家族の経済も含めて支援が必要なのだと。


「わが国のように、経済的に余裕の少ないところで、かかる不治の小児がんの治療が受けいれられるかどうか、不明である。」


Dr. Sutowは福島からハワイへの移民の子供として成長。医学部に入学後しばらくして太平洋戦争になる。ユタ大学を卒業した年に終戦。ヒロシマ・ナガサキのABCC研究所で白血病の治験に当たった人。その人がいたテキサス大学に細谷さんは1977年に留学。


その時はすでに小児がんの子どもを何人も看取っていた後。


最初の患者は忘れられない。あやちゃん。痛かったろうなあ。下手くそだった私のことをラジオで話しをした。30年ぶりにお母さんが手紙をくれた。電話してみた。「うちのあやは先生のことを大好きだったよ」

見送ったのは三人のチーム。「よく頑張りました。でも、もうどうしようもありません」と家族に伝えて一番年上の先生は去った。「先生は部屋の隅でずっと、涙を流しながら立っていたんですよ。その姿が、慰めになった。」と言われた。


記憶にはない。赤い着物を着せてお棺に入れたことは覚えていた。


128日に聖路加病院を辞めて、アメリカへ渡航することになっていた。その時、担当していた患児が三人。その一人、陽子ちゃんが日本をでる最後の日に急変して、出発の日に亡くなっていた。


その三人の保護者の方々が子どもを亡くした遺族が集まる会を作った。


帰国後、その患児の保護者の会に出た。出て、泣く遺族とともに泣かなければならない。出席するのが辛かった。何年も何年も参加し続けて、ずっとずっと泣いて、わかってきた。こうやって少しずつ腑に落ちていくんだなあ。と。


昨年、陽子ちゃんの母は子どもを亡くしてから40年になっていた。それでも泣く。みんなで泣く。涙を流すことが辛かったけれど、涙を流すのは悪いことではない。


陽子ちゃんに絵本を読んであげる。すぐに寝付く。それでも、最後まで絵本を読んだ。お母さんが、あの子は番付をつけていたんですよ、と。寝る時にそばに来てくれた人がいた時間をメモにつけていた。先生が一番長かったんですよ。


なくなって終わりではない思い出。


今、小児がんは五年生存率が8割、9割になった。


良い医療チーム 子どもに病名の告知をしっかりする。


1980年に帰国。


両親への告知

・揃って来てもらう

・おちつける場所と時間

・希望を失わせない

・正確な情報 治すことはできないが、いい時間をすごい、痛くないようにする。


病気の子への話

・ウソをつかない   全部を話すということではない。「おうちに帰った」とちゃんと話す人にバトンタッチ。

・わかるように

・あとのことを考えて


学校で子どもがなくなることがある。例えば、動静脈奇形。死亡のことを学校が言わないで済ますと、大人に対する信頼感を損なう。


がんは子どもの死亡原因の第一位。

10-19歳 悪性新生物

15-19歳 自殺、不慮の事故、悪性新生物


この写真の子どもは、告知をした子。在宅で緩和ケア。ちゃんと説明されて、お父さんとお母さんが心を開いてくれると、楽しく過ごすことができたりする。


クリニクラン。

動物が子どもを助けてくれることがある。JAHA。獣医の団体で施設訪問する活動。


副島先生というクラウン活動の代表。クラウンも犬と同じように考えてくれると気が楽だと。


ケア犬はポジティブ・トレーニングを受けている。いいことをした時に褒める。人間は悪いことをしない、と信じ込ませるトレーニング。


悲嘆は 亡くなり方、年齢 によって違う。 はかなさ、悲しみ。

日野原重明さんの死を儚いという人はいない。


つくしの会の活動。


死亡数の変化の年表。毎年100万人ほど死んでいる。大正9年が突出しているのは、スペイン風邪で大量死があった。


いつも、ピンク(0-14)が志望の1/3くらいを占めていた。


1970年ごろにほとんど死ななくなった。

1950年  24万人。

2010年  100万人の中で2000人。見えなくなる。


病児と24時間過ごす家族も。40年間ケアし続ける人もいる。どうその生を支援できるか。

滝川市にキャンプ場を作った。ドラッグストアのレジに置いている募金箱も役立っている。

15000万円、年間かかるが、なんとかなっている。

もみじの家。大変な人たちは、私たちにいろいろなことを教えてくれる。弱い人、弱かったが故に亡くなった人。要望を出してくれる。


先ほどメッセージを寄せてくれた高木先生はシスター。福知山線事故の後、108人、その遺族と加害者側を集めた特別講義を行った。聖トマス大学にて。事故直後。それぞれがこの人は加害者、被害者とわかるオーラを出していた。10年経ったら、わからなくなった。人は学ぶ。


小児がんの子どもの保護者の会。50周年。相談会。「死にたい」という方一人に対して1時間半。なくなった小児がんの子どもがすぐそばにいる気がするようになった。


曹洞宗。「死んだ後どうなるのですか?」「そんなことはその時に考えればいい」。親しい人を亡くして死にたいと思っている人には向かない宗教だなあ。と。

その人は、遺骨を浄土宗、知恩院に納骨している。南無阿弥陀仏と唱えれば、極楽。親鸞さんは、戻ってくるとまで言う。


そんな話をしていると、普通じゃない状況になる。切符を落とす、旅費を落とす。車掌さんが調べてくれて、二度払いは不要になった。次の日に電話したら、届いていた。


15:47終了。


聖路加病院での絵本の読み聞かせを続けている。


入江さんとの対談。『大丈夫。』という言葉。


往相回向。変相回向。


過去は変えられないけれど、過去の捉え方を変えることができる。


日野原先生の俳句は標語。


「蟻潰す 偽善者の指 唾で濡らし」



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by eric-blog | 2017-12-09 20:54 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

朝鮮学校見学

朝鮮学校見学


東日暮里にある朝鮮人学校が見学会を開くというので、参加した。

初等1年から3年の授業がオープンにされたのと同時に、他の学年も自由に見てくださいと。主催したのは日本の大学に通う学生たち。上智、早稲田。


建物は建て替えたばかりの新しい、明るい三階建。一階に玄関、幼稚園、事務室、会議室、特別支援室、理科室、医務室。二階に初等部6クラス。三階が中等部三学年三クラスと音楽室など。真ん中が吹き抜けで一方に階段がある。エレベーターも一台。


吹き抜けから明るい陽光が差し込む作りになっている。


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子どもたちは荒川区だけでなく、台東区、など広域から来ている。家では日本語ちゃんぽんで話しているが、学校では日常会話も朝鮮語。朝鮮語と韓国語は、ちょっと違う、らしい。「李」さんを「い」ではなく「り」さんと読むなど。相互理解はできる。


教員の方々は、当然のことだが、勤続年数が長い。大学生が小学校一年生の時の担任だった人が、今も教えているという。授業は朝鮮語で行われる。日本語の授業もある。カリキュラムは日本の学習指導要領に沿って立てられており、教科書もそれに準じている。出版しているのは板橋区小豆沢にある書籍。


教科書は有償だが、朝鮮からの支援があるので、子どもたちは負担していない。建物の改築に当たっても朝鮮からの支援を受けているのだという。


朝鮮総連など、日本から送金しているとは聞くが、教科書や改築の費用を朝鮮側が出しているとは知らなかった。


子どもの権利条約では、子どもの文化的ルーツについて保持するための教育を受ける権利があることが記されている。


朝鮮学校の建物も、教科書も、日本政府が負担すべきものだ。

しかし、歴史的には、第二次世界大戦後、全国に500校まで増えた朝鮮学校に対して「1948年、廃校攻撃。朝鮮学校閉鎖令が出された。」のだ。誰から? GHQからだ。

http://ericweblog.exblog.jp/21715832/


ここにも未だに日本が米国の支配から抜け出せていないこと、米国の支配によってアジアに分断が持ち込まれていることの証左がある。


原則に従って考えれば、日本社会に生きるどの子どもにも、そのルーツを維持するための教育を保証すべきである。そこから始めなければ、日本社会の価値観の根無し草状況は、続くのだ。価値観の根無し草状況は危うい。空気によってどこにでも行く。何が正しいのか、判断すらできない。


朝鮮学校が保証されるべきは、教科書無償化だけではない。その存在を日本社会の中でどのように抱きとめることができるか。


こんなに素晴らしいダブル・カルチャーで育っていく人材がいるのに、その人たちを日本嫌いに追いやるようなことをしてどうなる?


もっと共生を志向するために、日本社会が朝鮮学校を抱きとめるとするならば、どんなことが考えられるだろうか?


校門の名称は日本語併記にすべきだし、教員は教員免許を取得できるようにし、できれば、転勤も? そこは微妙だなあ。勤続年数の長い先生方がいることで、伝え続けられるものもあるのだろうし。そこは研究の余地あり。今の転勤だらけ、非正規だらけの日本の学校経営が、目指すべきベストとは思えないからだ。

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こんなことすらできなくて、難民など、受け入れができるはずもない。


校内の様子


表示は全て朝鮮語

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歴史を日本語でまとめてくれている。

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タンバリンを使って、リズムよく発音練習や九九の暗唱。これは集中につながるなあ。うまい!


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交流会、懇親会まで参加できなかったのはとても残念でした。が、特別支援の先生と話せたし、資料や絵本の提供についても話せたので、とてもよかった。


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by eric-blog | 2017-12-09 16:26 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

映画『否定と肯定』

映画『否定と肯定』


ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ

デボラ・E・リップシュタット、恒友出版株式会社、1995

Denying the Holocaust, 1993

http://ericweblog.exblog.jp/237923490/


この出版物の中で、著者がホロコースト否定者であるデヴィド・アーヴィングを差別主義者、虚偽の証拠に基づく不適切な歴史学者と呼んだことに対して、アーヴィングがペンギン社と共に著者を名誉毀損で、イギリスで訴えた。


イギリスの法廷では、被告が原告の虚偽を立証する責任があり、それができない場合は原告が勝訴となる。


アーヴィングを相手にすることは、彼にスポットライトを当てることになるとして、それまで論争することも、議論の場に出ることもしてこなかった著者だが、この裁判は受けざるを得なかった。


ダイアナ妃の離婚裁判を請け負った弁護士とそのチームが裁判を引き受ける。


裁判の方針は二つ。


陪審員制ではなく、単独判事による審判に持ち込むこと。

ホロコーストの生存者や著者自身などのユダヤ人の証人は求めないこと。


アーヴィング氏が差別主義者であり、その著述が一方的な証拠の採用によってゆがめられたものであることを立証しようとすることに焦点を当てるためだ。


この映画は、ぜひ、数あるデボラ・リップシュッタットさんのインタビュー、スピーチ、TEDプレゼンテーションなどをご覧になってから見て欲しい。そうすれば、レイチェル・ワイズの演技のそこここに、驚愕すること請け合いだからだ。彼女がデボラに見えてくる。


単独判事による審判を勝ち取った時のちょっとした笑み

アーヴィング氏を証人に立たせながら、一度も目を合わせないやり方

歴史学者にアーヴィング氏が虚証していることを証明させる場面

そして、勝訴が決まった時にアーヴィング氏が弁護士に握手を求める場面でその差し出された手を無視する仕草。


とても印象深い。


残念ながらハンナ・アーレントのプログラムとは異なり、プログラムにシナリオが含まれていなかったので、買わなかった。


ぜひ、この本を読み、デボラのリアルに触れ、そしてこの映画を見て欲しい。事実に基づいた映画として、その深みが増すこと、請け合いである。



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by eric-blog | 2017-12-09 08:38 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

備忘録: 秘密保護法について

2013年11月 国家安全保障会議創設関連法成立
2013年12月 特定秘密保護法成立
2014年4月 武器輸出三原則見直し閣議決定
2014年7月 集団自衛権の行使容認閣議決定
2014年11月 特定秘密保護法施行
2015年4月 日米防衛協力指針(ガイドライン)再改定
2015年9月 安全保障法関連法成立
2016年3月 安保法施行
2017年5月 安倍首相「9条改憲」に言及
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by eric-blog | 2017-12-07 09:36 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

核廃絶賢人会議

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2017年12月2日 東京新聞
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by eric-blog | 2017-11-29 12:46 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

神社本庁の全体主義に反対する

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by eric-blog | 2017-11-27 11:14 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)

かにた婦人の村 城田すずこさん

http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070707/p1

日本、館山。丘の上に立つ小さな教会、ふもとには様々な理由から自立が不可能になった女性のための居住施設「かにた婦人の村」がある。天羽道子シスターの後に従い、その教会の地下室へ降りて行った。


2015年 50周年記念
https://www.bethesda-dmh.org/disclosure/files/kanita50th_kinenshi.pdf

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by eric-blog | 2017-11-27 11:04 | ◇ブログ&プロフィール | Comments(0)