カテゴリ:□週5プロジェクト17( 166 )

全体主義の起源 

全体主義の起源 100de名著

第三回 「全体主義」


人が労働組合だとか、特定のつながりの組織に属することがなくなり、不安感が増すとともに、「世界観」を示してくれる政党になびいていった。それが全体主義。


アーレントの本の話を聞いていると、現代にも通じるものがある。


基本的に「個人の達成主義」が学校教育の目標となり、そのために高学歴社会では、人は孤独になる。個人対個人の競争になるのである。


課題を抱えた人々(社会的弱者)は連帯して様々な社会的配慮を勝ち取ってきた。

・障害者に対する年金(1959)

・同和対策事業特別措置法(1969)

・公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(1969年→公害健康被害補償法 (公健法)1973)

・養護学校義務化(1979)

・女性差別撤廃条約(1979年→日本は1985年批准)

・フリースクールの認可(2004)

・高校授業料無償化(2010)

・子どもの貧困対策の推進に関する法律(2013)


結果、対策も進んだが、同時に対策の官僚化も進み、特別法人、公益法人の世界は、天下りの温床であり、かつ、助成金を獲得しているものも多い。


当事者運動に支えられて社会的な援護策が講じられてきた結果、『母よ、殺すな』の出版のように、過激な当事者運動は影を潜めていく。学生運動と同期して盛んであった三里塚闘争も『三里塚のイカロス』に描かれるようにレクイエムが流れる状況である。


新たな問題提起があっても、それらの当事者は、これまで以上に細分化され少数になるだろう。それらの問題提起が通るか通らないかは、その時の官僚次第となるのではあるまいか。


一方で、被差別者の連帯は「安易に全ての被差別者の連帯を強調することは、かえって差別を隠蔽してしまうことになる。」というような上野千鶴子さんの指摘もあるが、実際には当事者たちは生きていくのに大変で、連帯などできないのだ。


それはNPOなどにしても同様だ。ほとんどブラック企業すれすれであるのに、連帯して状況を打開する動きにはなりにくい。NPOで働く人々が高学歴者であることも一因かもしれない。彼らは、結局は孤独なミドルクラスなのだ。


一方で、特に社会的弱者の問題をより普遍的な課題として、「全ての人の人権が保障されるような社会制度づくり」へと、普遍的な提案をする動きもある。ベーシックインカムの議論などはそれにあたるのだろうが、運動力は弱い。それは市民社会論やESDのような公益的な教育論議も同様である。当事者運動のような突破力もなければ、そのような問題に対する幅広い支持を集めるだけの民度もない。


一方で、「北朝鮮の脅威」のようなナショナリズムを帯びた主張は、わかりやすく、一定の割合で支持され、そして「否や」は言いにくい状況を簡単に作り出すことができている。


不思議だ。これは、全体主義の復活の兆しなのだろうか?



■孤独な群衆

268-2(1165)孤独なボウリング 米国コミュニティの崩壊と再
ロバート・パットナム、柏書房、2006
Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, 2000

http://ericweblog.exblog.jp/7459630/

■孤独なミドルクラス

ミドルクラスを問いなおす 格差社会の盲
渋谷望、NHK出版2010

http://ericweblog.exblog.jp/15658451/


376-1(1607) イェルサレムのアイヒマン悪の陳腐さについての報
ハンナーレント、みすず書房、1969
原著19631965

http://ericweblog.exblog.jp/11702254/


94-1(437) 従の心理 アイヒマン実験
S.ミルグラム、河出書房新社、1980.1995改訂版
Obedience to Authority: An experimental view, 1974 by Stanley Milgram

http://ericweblog.exblog.jp/2124985/




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by eric-blog | 2017-09-19 14:41 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

江戸・明治 百姓たちの山争い裁判

江戸・明治 百姓たちの山争い裁判

渡辺尚志、草思社、2017

2881冊目


林野は村の人々のエネルギー源であり、食糧源であり、肥料源であり、生活に不可欠なものであった。時には田の所有と一体的に扱われていた事例もあるという。25


そして、林野の多くは共有地であった。そのために利用のルールが共有され、罰則も決められていた。一つの村田の入会を村中入会、複数の村々による入会を村々入会と呼ぶ。


ルールには「期間制限」「用具の制限」「一日の再狩猟制限」などがある。27


後述される事例の山口村は、所有権の主張において「留山」という区分を入れており、それは普段の入会では入山を禁止しており、飢饉の際に材を売って換金し、必要な食糧を購入するのに当てたりなど、緊急、村の臨時支出などが必要な際に活用する入会地があることが示されている。(4)


18-19世紀の平均的な村は、石高400-500石、耕地面積50町前後、人口400人。

全国に63276村、現在の市町村には37村程度が含まれている。33


町は約100m平方。=1ha。一畝が10m平方で1a10石強30(60kg/)

一反一石。


百姓とは、土地を所有して自立した経営を営み、年貢などを負担し、村からも認められた身分呼称のこと。39


家を単位とした土地や財産を子孫に残していくことが、責任。41


村は行政組織であるともに自治組織。村方三役。名主、組頭、百姓代44


村同士の争いは、藩に訴えて出ることに、江戸時代にはなっていた。

3章は江戸時代の山村の暮らしぶりと境界争いについての紹介。


そこに明治の地租改正があり、境界線を確定する必要が生まれ、訴訟は対国の裁判へと移っていく。


その実相が第4章で紹介されている現在の山形県内、山口村と田麦野村の争いである。192


江戸時代などについて本を読むときの基本資料として読んでおくと、実態が分かりやすくなるのではないかと思うほどに、現代の村社会から遠のいた人々の視点から分かりやすく書かれていると思う。




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by eric-blog | 2017-09-19 10:59 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

アーサー・ランサムのロシア民話

アーサー・ランサムのロシア民話

フェイス・ジャックス絵、白水社、20091990年の再版

2880冊目


子どもの頃、大好きだった。つばめ号の冒険なんかじゃない。


図書館にあったアーサー・ランサムのものは全部読んだ。著者名を覚えている数少ない作家の一人だ。


でも、彼がロシアと繋がりがあるとは知らなかったなあ。


久々に名前を見て、新たな側面を知って、ちょっと紹介したくなった。


ロシア民話も面白かったが。



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by eric-blog | 2017-09-16 10:19 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

台湾生まれ 日本語育ち

台湾生まれ 日本語育ち

ウェンユウジュウ、温又柔、白水社、2015

2879冊目


宮本輝氏の芥川賞の選評がすごく評判になったので、初めてこの人の本を読んだ。受賞作である『影裏』は予約中。

こちらに氏の選評が全文掲載されている。

https://www.j-cast.com/2017/08/18306220.html?p=all


台湾で生まれて、3歳で両親とともに来日、以来日本語で育った。


何国人というのは言えないけれど、「このコトバがわたしだ」という実感を持てるようになったという。176


彼女のルーツの中に、台湾の歴史が刻まれている。中国との関係、福建省から国民政府とともに渡ってきた人々が話す「台湾語」を母語とする台湾人。


祖母の時代には「日本語」を教育され、母の時代には「中国語」で教育され、本人は日本語で育っている。そんな状況を生きている人の人生、あるいは作品を「退屈だ」という日本人作家がいる。衝撃だなあ。


つい最近、我が家にゲストとして滞在した彼女も、台湾人だと言っていた。台湾語は書き言葉がないのだと言っていたが、その台湾語はどのことばのことだったろうか?


李良枝さんの著作に惹かれて、韓国語でも名前を書いてみるという。「オン・ユジュ」と書くハングル文字が可愛いという。ウェンヨウロウと名乗っていたら出会えなかった文字姿なのだという。075


李良枝、イヤンジ。 この名前は変換で出てくるが、温さんの名前はどのように入力しても出てこない。尹東柱さんもユンドンジュで出るのだが。つまりは、入力ソフトに登録さているか否かの問題。日本語変換の枠の中。


永住申請のための手紙を自分で書くことができなかったという。133


いいのだ。代書屋はそういうことのためにある。


温さんが惹かれる人々、そして本に出会いたいと思った。


『昼の家、夜の家』

『台湾海峡1949


そして、彼女に「わたしは日本語人」とためらいなく話せるようになった馬祖への旅をプロデュースした管啓次郎さん。


国って何?と問う人々が、日本語で生きている幸せを、味わう。日本語も捨てたもんじゃないな。


「世代と世代を引き裂く「国語」同士のにらみ合いに気をとられていては、聴きとれない音が台湾には溢れている」200 ことの豊かさが、彼女の文章から匂い立つ。



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by eric-blog | 2017-09-16 09:48 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

もうろうをいきる

もうろうをいきる

西原孝至監督、シグロ、2017

2878冊目


指点字というのにも驚いたが、触手話というのにも驚かされる。


東大の福島智さんは有名だし、彼のテレビ番組を見て、わたしももうろうの人々のコミュニケーションに触れたのだ。

http://ericweblog.exblog.jp/23867749/


月曜日の手話教室で紹介されて、ポレポレ座にでかけた。先週は『ひいくんが歩く町』を見に来たのだった。すごく良かった。


『三里塚のイカロス』のカメラマン、加藤孝信さんが、この映画も撮っていると聞いたので、それもあって、15日までだけの滑り込みで見に来た。16日からは渋谷のアップリンクでの上映が決まっている。


なぜ、神様は、音を失った人たちから、視力も奪っていくのだろうか?

そして、なぜ、光はだんだん失われていくのだろうか?


人間って不思議だなと、つくづく思う。


光と音のない世界で、「言葉」なのだという。世界を形作るのは。


触手話で語りかけてくれる人に対して、ものすごい、満面の笑顔で、手に向かっていく。


手を探り求める。そこに手があると、ホッとした表情で、まだ何も喋っていない間にも、何かがそこに生まれている。


いきる


ということは、食べて、寝て、くそして、風呂入って、以上のものなのだと。


人間ってすごいなあ。


でも、女の人は、そんな中でも食事を作り、そして、なんと介護もして来たのだという。


驚くね。そして、女の方が、幸せに近いんだなあと、思った。その代わり、遠くの幸せを求める意欲と力が弱くなるんだな。きっと。


■東京新聞連載

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2017年9月20日




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by eric-blog | 2017-09-13 12:37 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

「テロとの戦い」を疑え 紛争地からの最新情報

「テロとの戦い」を疑え 紛争地からの最新情報

西谷文和、かもがわ出版、2017

2877冊目


フリーになってから13年目の「テスト」のようなものだと言う。この本は。


テレビ朝日などで戦争の悲惨さを伝えて来た。2006年度「平和協同ジャーナリスト大賞」受賞。


この4月にまとめられた米国議会報告書がある。

https://fas.org/sgp/crs/natsec/RL32492.pdf


米国の兵隊の歴戦における死傷者数をまとめたものだ。


Wars covered include the Revolutionary War, the War of 1812, the Mexican War, the Civil War, the Spanish-American War, World War I, World War II, the Korean War, the Vietnam Conflict, and the Persian Gulf War. Military operations covered include the Iranian Hostage Rescue Mission; Lebanon Peacekeeping; Urgent Fury in Grenada; Just Cause in Panama; Desert Shield and Desert Storm; Restore Hope in Somalia; Uphold Democracy in Haiti; Operation Enduring Freedom (OEF); Operation Iraqi Freedom (OIF); Operation New Dawn (OND); Operation Inherent Resolve (OIR); and Operation Freedom’s Sentinel (OFS).

1775-83年の独立戦争からずっと、南北戦争なども含め、近年の中東における作戦まで。


わたしが注目したのは9.11以降のアフガニスタン侵攻、イラク戦争なのであるが、驚いたことに、


「米国軍は、アルカイダを殲滅するためにOEF(不朽の自由)作戦を行い、2346人もの戦死者を出しました。2749人がニューヨーク、ツインタワーへの自爆攻撃によって亡くなったことに対する報復として、兵士がその同数に当たるほどの数、死んでいるのです。傷害者数は2万人超と、ニューヨークでの数を大きく上回っているのです。」(ERICニュース558号より)


作戦の死者数が、9.11の死傷者数を上回った時、2014年、この作戦は変更され、米国軍の死傷者数は、それ以降激減します。


では、その間、どんなことが米国からの攻撃下におけるイラク、アフガニスタン、シリアなどの戦闘地で起こって来たか。そして、南スーダン、リビア革命など、著者の取材は広範囲におよぶ。


空爆こそが「テロ」なのではないかと「テロとの戦い」の悪循環によって、一般市民が殺されていく状況に、著者は言う。


そう。米国兵士が死亡することのない戦いは、不正確な空爆によって一般市民の命と暮らしが奪われる戦いに変貌していっているのだ。すでに兵隊vs兵隊が対峙する「戦場」などないのだ。


大国のダブルスタンダード、隠された不都合な真実、奪われ続ける命。


見つめることしか、できないのか。知らないよりはマシなだけでしかないのだが。



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by eric-blog | 2017-09-12 11:43 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

何がいいかなんて終わって見ないとわかりません。

何がいいかなんて終わって見ないとわかりません

ミゾイキクコ、株式会社KADOKAWA、2017

2876冊目


2010年から2015までのTwitをまとめたもの。


1934年生まれ。2010年からTwitterでつぶやき始め、現在9万人以上のフォロワー数。って、この出版時には56,000人となっていたのだから、今も急増中。


わたしはSNSFBだけなので、あまりTwitterの面白さはわからないけれど、短い中にも端的に表現されている「あの時代」は若い人々にとっては貴重だろうなあ。


「昔は丈夫な人だけが長生きした」

「お金がないから家でひっそりしてるだけ」

「そして死んでいった。」

「生活保護がなかったから子供と一緒にしたに過ぎないのだ」

「社会の箍はあったが、麗しい絆ではなかった。」  124-5


「戦時中に国民学校の生徒だった私たちは

アメリカ兵やイギリス兵は弱くて

すぐ降参してしまうのだと教えられた。

彼らは投降することを恥とは思わず、

生きること、命を大切にすることを考えていたのでと、

敗戦後知った。」94-95


「わかってほしい場合には誠実が一番。

非難では通じませんから。」22


「自分がされて嫌だったことは、

人にもしないと考える人と、

自分がされたんだから

今度は私がやる番だと思う人。

後者は品性下劣。」16-17


「危ないことさせない、ひどいことは見せない。

そういう教育がずっと続いています。

それで、ものの判断ができるとは思えません。」84-85


「国民全員が政府を監視など

できないように仕組まれるのです」88-89


「効果がなくても意思表明は必要」118


「誰のおかげで食べられるんだ、

なんていう男は配偶者を決して

愛していませんよ。

いてくれるだけで働く張り合いがある

と言うのが、女を愛する男。」136-137


「考えなしの女は、

自分で自分の首を絞めている

ことに気づかない。

考えなしの女は、

女の敵である。」142


頑張れ!83歳。



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by eric-blog | 2017-09-12 11:19 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

三里塚のイカロス

三里塚のイカロス 

代島治彦監督作品、2017

2875冊目


すごいパンフレットである。セリフもト書きも全て入っている上に、画面のカットも118場面分も収められている。島寛征さんへのインタビューも。


インタビューした相手は、空港公団の人、中核派、農民の反空港闘争、支援者、支援者で農民と結婚した人。プラス、小川紳介監督の三里塚の映像、北井一夫さんの写真で構成されている。


196674日、成田に空港をという突然の閣議決定が翌日朝の新聞に載ったところから、闘争は始まる。

成田が開港するのは197858日。実に10年以上の時間がかかったのだ。

1986年、二期工事着工、2002年に2本目の滑走路運用開始。

一方で1988年には空港利用者1億人を超えたのだ。



http://www.imageforum.co.jp/theatre/movies/929/




「成田」が「市民参加の意思決定」の方法論を研究する必要を強く感じさせたのだと、その後、わたし自身が市民参加の方法論を学ぶ中でよく聞かされたことだ。


国際的にもそれほどに認知されるほど、こじれた闘争であった。


  • λ加瀬勉 農民運動家、千葉県多古町
  • λ岸宏一 元中核派、第一次羽田闘争参加、1981年から2006年の25年間、三里塚現地責任者。
  • λ秋葉恵美子 支援花嫁第一号
  • λ秋葉義光辺田部落出身。1980年代に中世から続いた部落の集団移転を決める。移転先で支援花嫁の一人が2006年に移転、うつを患い2013年自殺。
  • λ前田深雪 元ML派、佐藤訪米阻止闘争で逮捕、1年間獄中に。
  • λ前田勝雄
  • λ吉田善朗 元第四インター、「朝倉」の団結小屋跡地にて、17歳の時、地下砦を掘削中の落盤事故で半身不随に。
  • λ平田誠剛元第四インター、1978326日の管制塔占拠事件に参加。8年間服役。映画初日にイメージフォーラムに来ていた。
  • λ中川憲一元プロレタリア青年同盟、管制塔占拠事件に参加。8年間投獄。実行部隊15名、全員逮捕。
  • λ前田伸夫元空港公団用地買収担当、自宅を中核派に爆破され、愛犬を失う。
  • λ石橋政次 反対同盟副委員長、1979年から戸村一作の後、委員長代行に。開港後は運動が収束したと判断、1981年、前田を通して公団総裁と秘密会談を模索。失敗し、辞職。
  • λ加藤秀子 元中核派、移転先の農地でインタビュー。1984年支援先の北原派農家長男と結婚。1997年に移転決定。「裏切り者」と呼んだ側から呼ばれる側に。


代島監督の映像によるのはこれらの11名。(石橋政次さんは小川紳介監督の映像より)


カメラ担当をした加藤孝信さんと監督とのトークがあり、監督が前作の『三里塚に生きる』の大津幸四郎さんのカメラワークとの違いが語られた。


自分自身も、その場でインタビューしているかのような、距離感がすごかった。


『もうろうと生きる』のカメラマンもしているとのことなので、見に行くんだろうなあ。昨日の手話教室でもいい映画だから是非と言われたし。




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by eric-blog | 2017-09-12 10:28 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件

いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件

大崎善生、角川書店、2016

2874冊目


わたしは死刑制度に反対である。

人間の社会は完全ではない。その社会に適応できない人もいる。

そこに生きる人の命を奪う決定そのものにも、間違いがあるだろう。


冤罪の疑いの入る余地のないこの事件。33万人の死刑嘆願署名がたった半年ほどで集まったという殺人事件だ。


事件が起こったのは2007824日。ネットの「闇サイト」で声を掛け合いであった男たちが金づるを探して21日から街を巡っていた。誰でも良かった。パチンコ店の店長でも良かったし、ATMから金を引き出した直後の女性でも、夜遅くのソープ嬢でも。


被害者が襲われたのは、そのような偶然の出来事。付近では「安全な道」と言われる道で、道を尋ねるかのようなそぶりに近づいたところを車中に拉致される。


なんの油断も、なんの落ち度も、なんの非行も、なんの何もない被害。


犯人たちは、職からあぶれ、時間を持て余し、家賃が払えなければ部屋から追い出されるというような状況にある男たち。ネットの呼びかけに応えて集まり、互いの真意を探り合い、犯罪歴などの虚勢を張りながら、強盗を共謀していく。


その生き方には何の同情心も湧かない。


呼びかけに応えたのは5人ほどだが、実行犯は三人。


一審では、事件の翌日に自首してきた一人をのぞいて二人が死刑。二審でそのうちの一人が減刑され無期懲役になる。しかし、その本人に余罪が、DNA鑑定などから浮かび上がる。迷宮入りしていた二つの殺人事件への関与が明らかになり、死刑確定。


死刑制度をなくすとすれば、このような反社会的累犯者に対する絶対無期懲役や、アメリカのように200年の刑など、実質的な無期刑が必要になるだろう。そして、再犯防止のための矯正指導やその後の生活再建への支援が必要だ。


彼らは死刑になって当然なのだという論調で徹頭徹尾描かれたこの本は、事件から5年がたった2012年に取材が開始され、2016年に上梓。もとより死刑嘆願署名にも、継続中であった裁判にも影響を与えていない。しかし、いまの日本で死刑制度に賛成している人が読んで「やっぱりね、こういうことがあるから、死刑は必要なのよ」と安堵し、自信を深めることには役立つ。


しかし、無期懲役になった彼、そして、最終的には実行には加わらなかった数人の彼らは、いまもわたしたちの社会に生きているのだ。排除は答えではないのだ。


そして、究極の排除ですら、多分、答えではないはずだ。人間がいかに生きるかという問題について。この本を読んだ人々が、他の視点からの本もぜひ読んでいて欲しいと思う。そして、このライターさんにも、加害者の側に対する深い取材、出所後に関心を持って欲しい。彼らには「監視」の目ではなく、「関心」を寄せられることが生きていく上で最も必要だと思うからだ。


被害者の方の冥福、ご家族及び関係者の方々のその後の良き生を祈念しつつ。



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by eric-blog | 2017-09-10 09:29 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)

「沖縄シマ豆腐」物語

「沖縄シマ豆腐」物語

林真司、潮出版社、2014

2873冊目


シマ豆腐、大好きである。近くのスーパーに売っているので時々トーフチャンプルを作るために買ってくる。しかし、「アチコーコー」は望めない。


熱々(アチコーコー)をいただく沖縄の人々と違って、本土の豆腐はたっぷり水に放たれてのち、掬い上げられるので「冷奴」が基本である。それを沖縄にも強制しようとしたことがあったということに驚いた。


1972年本土復帰後の1974年の食品衛生法改正でのことらしい。世に名高いAF2対策として、である。沖縄県豆腐油揚商工組合の初代理事長である砂川幸一さんの尽力で、法律に「水晒しをせずに直接販売するものに限って」という文言が追加され、適用外となる。55


その交渉のプロセスにも、どこか一方的なものを押し付けられて来た沖縄の姿が浮かぶ。


人類館の歴史や、大阪に出て来た沖縄人が集住する地域と在日のかかわりの歴史も語られる。


沖縄のトーフがアジアの豆料理やトーフ文化とつながっていること、多分、米作以前の木ノ実食の歴史が「生搾り」にはあるのではないかということ。


生搾りは豆乳の搾取率が低いので、養豚と合わせて行うことが合理的であること。女性の生産販売者が多いことなど。


また、沖縄の昆布文化と北海道との繋がりなど、文化人類学的にも社会学的にも面白い本である。ノージャンルというか学際的というか、チャンプルーというか。いい。


またシマ豆腐が食べたくなった。スクガラスを乗せて、ちびりと食べるとするか。味わいの複雑さが増すだろうか。



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by eric-blog | 2017-09-08 10:03 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)