カテゴリ:■週5プロジェクト16( 278 )

週5プロジェクト2016年度

5プロジェクト


2016年度は274冊ご紹介。現在2747冊目から2017年度が始まります。今年もよろしくお願いいたします。


2015年度 214

2014年度 297

2013年度 248

2012年度 161

2011年度 157

2010年度 149

2009年度 239

2008年度 228

2007年度 263

2006年度 214

2005年度 248

2004年度 195

2003年度 171


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by eric-blog | 2017-04-04 12:16 | ■週5プロジェクト16 | Comments(0)

たった一つを変えるだけ クラスも教師も自立する「質問づくり」

たった一つを変えるだけ クラスも教師も自立する「質問づくり」

ダン・ロススタイン、ルース・サンタナ、新評論、2015 2017年四刷!

2746冊目


とりあえずご紹介。


*********ダン・ロススタインさんワークショップ報告*******


2017312

at 杉並区神明中学

■イントロ by 佐藤

・ハテナソンの実践校であるので借りた。

2015年に『たった一つを変えるだけ』に出会って「ハテナ」と「マラソン」をくっつけて造語して広める活動に取り組みだした。

QFTのプロセスは技術として普遍的に応用できる。

Hattieの本に効果的な教授法についての研究がある。

http://ericweblog.exblog.jp/10735728/

・教師が「考える」ことをするのではなく、生徒に「考えさせる」こと。

・問うことでオーナーシップが生まれる。


■グループ内で自己紹介。6人一組に机がレイアウトされていた。


QFTのルールの確認「四つの簡単なルール」

・どのルールが守りにくいと思うか? [グループで5'→全体共有] 

・二番目が難しい。質問だけすること。議論しない。

・質問には必ず番号を振る


■「質問しない生徒がいる」Some students do not speak.

[グループ作業で4'で質問を書き出す]

・質問を書き出す。

・閉じた質問、開かれた質問それぞれの長所と短所を共有する。advantage/disadvantage

closed/openの分類する。

closedopenに、openclosedに言い換える。

・質問の優先順位をつける。「大切なもの3つ」

・それらは元のリストのどの順番にある?

・次のステップNext stepとして、「知りたい情報は何か」「どう行動すればその情報は得られるか」


・グループからの全体共有


・ふりかえり 「QFTと何か」「どのようにしているか」


■まとめ by ダンさん

・三種類の思考スキルを育てる。「拡散的思考」「収束思考」「メタ認知思考」

・参加の力が育つ。

・マイクロ民主主義の実践である。

・市民性学校



2017313日 月曜日

10:00からお茶の水大学


■昨日のふりかえりと共有を軽く。

・四つのルール

Quick QFT「私のいる学校に新しい教育法を導入する」

・何を学んだか? それはどのように学んだか?

QFTを行うことの価値はどこにあるか。効果benefits価値観、values

・どうすれば現場に導入できるかを考える


QFTの体験


QFD, Question Focus Design

QFTを実践するテーマの設定にもhowがある。


QFTは穴のもの。ぜひ応用してほしい。


□わたしの応用at TEST2017

http://www.eric-net.org/news/QFT.pdf

パワーポイントv2




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by eric-blog | 2017-03-31 13:44 | ■週5プロジェクト16 | Comments(0)

ルポ 思想としての朝鮮籍

ルポ 思想としての朝鮮籍

中村一生、岩波書店、2017

2745冊目


高史明、朴鐘鳴、鄭仁、朴正恵、李実根、金石範、6人の朝鮮籍の方々へのインタビュー。戦後日本史そのものの記録でもある。


その人にとって譲れないもの「思想」であり、「一線」。


敗戦後、皇国臣民出会った朝鮮人を無権利化する際に、外国人登録書の国籍欄に記された「地域の総称」としての朝鮮籍。194512月のことだ。

210万人の参政権もろもろの権利一方的停止。

194752日 外国人登録令


朴鐘鳴は民族教育への思いを語る。


19481月、朝鮮人設立学校の取り扱いについての文部省通達。

そもそもこの通達自体がもGHQに対する在日敵視の日本政府による刷り込みの結果だと言う。54

ソ連のスパイ養成だと。

責任を追及すると「占領軍の命令だ」と。

4月下旬、大阪でデモが繰り返された。423日。179名が騒擾罪で逮捕され、16名以上が負傷。


19526月「枚方事件」「吹田事件」など、朝鮮戦争反対デモに対する弾圧。60


共産党の運動の一番大変なところ、しんどいところは朝鮮人が担当してきたと。62


「日本の皆さんはね、端的に言えば民族なんてまるっきり分かっていない。日本の皆さんはありのままで民族です。もう問い直す必要すらない。・・・考えることがおかしいくらい日本民族なんです。」63


鄭仁は言う。勝手にコロコロ変えられたくないと。76


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by eric-blog | 2017-03-30 16:26 | ■週5プロジェクト16 | Comments(0)

われらは愛と正義を否定する 脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」

われらは愛と正義を否定する 脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」

横田弘、立岩真也、臼井正樹、生活書院、2016

2744冊目


青い芝の会の行動綱領、そのまま女性の権利運動の綱領にならないだろうか?横田さんが書き、横塚さんらが加えた5項目目も含めて。


http://ericweblog.exblog.jp/23105088/


青い芝の会の行動綱領

第一テーゼ: われらは自らがCP者であることを自覚する。

第二テーゼ: われらは強烈な自己主張を行う。自己主張こそ自分を守る意志。

第三テーゼ: われらは愛と正義を否定する。エゴイズム。

第四テーゼ: われらは問題解決の道を選ばない。危険な妥協。次々と問題提起を行うことのみ。


第五テーゼ(三と四の間に入れるらしい。): われらは健全者文明を否定する。


そのまま、女性解放運動でも使えるんじゃね?


特に、第五テーゼは、「特権学」なるものをやるのであれば、必須ではないだろうか。「当たり前」が特権であるのなら、「男性中心文化の男性優位社会」そのものを疑う必要があるだろう。


マイノリティの自我の発達についても、共通する部分が多い。

http://ericweblog.exblog.jp/18780353/


少なくとも、この本から読み取ることのできる横田さんの人生はこんな段階を踏んでいる。


・自己否定自己否認の時代    30年間、引きこもり、自宅で暮らす。

・解放、自己主張、爆発の時代  マハ・ラバ村へ、家族のもとを離れて

・自己実現の時代結婚・子育て共育

・和解の時代(そういうものがあるとすれば、だけれど) 運動と発信


『母よ、殺すな』の横塚さんよりは健常者への配慮という意味では、ニュートラルな関係観に近いところに立っているように読める。


女性も、この五つのテーゼを自覚して、生きよ!


そして、オトコの運動を問い直せ! オトコの文明を拒否せよ!


対案を出す必要などない。問題提起だけが課題なのだ!

そんなフェミニスト運動ってあったっけ? 


『母よ、殺すな』に収録されている「さようならCP」の映画シナリオから、横田さんのお連れ合いの部分がカットされていると言う。それは横田さんからの要望であったと。29




さらに、地域について、横田さんは問う。157


地域福祉によって障害者は地域で福祉サービスを利用する中で生きることを強いられるのではないか。

限定された場所が地域だという考え方じゃ生活できない。

行政指向による地域に限定された福祉からは障害者の生き生きとした暮らし、生きていてよかったなあと思える生活は非常に難しい。


『否定される命からの問い』2004


そして横田さんは、いまの若者に怒っていた。ぬるい、と。


それもわかる、と立岩さんは対談の中で言う。


いまの社会はどこか障害者に対して優しい。障害者という表記が「害」が嫌だと言えば「がい」と書き換えてみたり、配慮があると。


そのことが、いまの障害者らの「ぬるさ」につながっていると、立岩さんはいう。しかし、次世代として、年長者からの「今時の若いものは」には反論したいとも前書きにいう。


臼井さんの「コミュニティ論」も所収されている。


やっぱ、面白いのは横田さんの話じゃない?

それはなぜ?


次を指し示すものがそこにはあるからだ。立岩さんも臼井さんも、後付けしているに過ぎない。


では、次はどこにあるのか? 「生きたい」という思いであり、そして、殺されるのは嫌だ、障害者を殺そうとする原理原則を抱えた社会は嫌だということだ。


そのことに立岩さんも臼井さんも答えていない。


まだまだ、運動側の問題提起は必要だよ。


そして、命の文明は、「愛と正義」からではない。という問題提起についても、しっかり答えが欲しいものだ。



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by eric-blog | 2017-03-30 16:04 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

言葉--アイヒマンをとらえた男

言葉--アイヒマンをとらえた男

山崎正和、中央公論新社、2002

2743冊目


1963年、アルゼンチンに逃亡し、名前を変えて暮らしていたアイヒマンがとらえられ、イスラエルで裁判にかけられた。その時のアイヒマンととらえた男の間の対話を戯曲にした。


謝罪、悔恨の言葉を求める男と、拒否するアイヒマン。

あれは個人としてやったことではなく、役割としてやったことだと言うアイヒマン。

対話の中で、アイヒマンは自分が過去のない存在であることに気づいていく。


謝罪の気持ちも悔恨もないことの非人間性が描き出されていく。



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by eric-blog | 2017-03-29 16:51 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

識字の社会言語学

識字の社会言語学

かどやひでのり・あべやすし、生活書院、2010

2742冊目


第1章 日本の識字運動の再考


かどやひでのり


http://ericweblog.exblog.jp/23735782/


文字の価値

能力主義

筆跡

非識字者の「神聖化」「タブー化」


で、次の段階の識字へ!


第二章が面白い。「均質な文字社会という神話」あべやすし


日本にはLDに対する支援がない。読字困難者が少ないという神話のせい。

就学率が高いというのも神話。


やっぱもう一回借りようかなあ。



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by eric-blog | 2017-03-29 16:46 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

障害者自立支援法とケアの自律 パーソンナルアシスタンスとダイレクトペイメント

障害者自立支援法とケアの自律 パーソンナルアシスタンスとダイレクトペイメント

岡部耕展、明石書店、2006

2741冊目


高齢者福祉の在宅介護と障害者に対する支援費制度(居宅介護)が一本化されると言う問題が提起されているらしい。署名したが。



障害者自立支援は、青い芝の会の運動として1974年から介護人派遣事業が東京都で始まった。114


「あたりまえの生活人としての経済的自立と日常的行為の延長上にある支援を受けての自律生活。


そして必要に応じた/必要な者すべてに対する分配

選別主義ではなく普遍主義で。71


選別は介入強化や分配縮減のための口実として使われがちであることは、障害者自立支援でも同じなのだなあと、つい先ほどの国会での給付型奨学金、無利子奨学金についての議論を思い出した。


やっぱり、選別主義は「権力的予算」になるだなあ。73


立岩真也『自由の平等 簡単で別な姿の世界』2004、岩波書店



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by eric-blog | 2017-03-29 16:33 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

デモクラシーを<まちづくり>から始めよう

デモクラシーを<まちづくり>から始めよう

竹井隆人、平凡社、2013

2740冊目


『ストロング・デモクラシー』

『ゲーテッド・コミュニティ』

『集合住宅と日本人』などなど、訳書、単著共に面白そうなリストが並んでいる。結構、硬派な本なのですよ、この本も。


哲学は難解である必要はないけれど、複雑なことをわかりやすいように言うのも間違いだと、あとがきに言う。わかりやすい善悪二元論と単純愚劣な正義は糞食らえと。288


哲学とは「疑うこと」である。


立命館大学で行った「都市環境法制」での講義内容を中心に、「シャッター通りに賑わいを取り戻せ」だの「高層建築を規制しろ」だの偽正義に騙されるなと学生を育てるために、政策や法制度の限界や欠陥をとらえ、改善の手かがりを掴めと、叱咤する。


2013年の書であるがこう看破している。


「自然エネルギーの効率が向上しなければ、そして事業者に思うほどの利権が入らなければ、その頃には原発事故の災厄も風化していることもあって、原発推進を再開する可能性は高いのではないか」と。25


電源三法を超える税制はあるのか?あるいは地域の民意を塞ぐこれらの法律は変わったのか?


原発事故の本質は人々が統治者になり切れていないデモクラシーの失敗であり、まちづくりの失敗であると。



シャッター通りについても、その核心は税制にある。商店主の多くはバブルの時の上がりでアパート経営をしており、家賃収入を赤字の商店経営との兼業で通算する。節税できる。


この税制は土地利用の減退をもたらす「死重的損失」に相当し、社会全体に損失が生じている。生活にコマわないからシャッターを下ろし続けている商店街を救う必要などあるのか?  42


大店法も同じ死荷重を犯している。


著者は「商店街を周辺住民が丸抱えで共有し、共同経営するような」提案をする。商店も社会資本として、公正な競争や商品を選ぶ自由を制約する。


いま、上原きみ子元市長が訴えられている国立市高層マンション問題についても一章が割かれているが、街の合意作りの甘さと曖昧さが指摘されている。



第二部は東日本大震災で言われた「コミュニティの絆」について。

コミュニティは共同体なのか、仲良しなのかと。

偏狭性の「仲良し」、コミュニティ信仰による思考停止。135

同調圧力。


公益を思う情感が「みんな一緒」と言う暴力で持って醸成される懸念を指摘したい。137


ただ同調することは思考停止。コミュニティはある種の強制を働かせる「暴力」となる。


住民参加が社会的合意なのか。


仲良し専制。


都市は人々の孤立性と統合性の両義的な存在。203


統合性とは、まちの共用する施設やサービスを自ら治めていくことで成立する。205


そのようなゲーテッド・コミュニティの市民。絶え間ざる集団的意思決定が政治。


わが国では分譲マンションの管理組合。町内会は住民全員じゃないからね。


あははははは!



何がデモクラシーを阻んでいるのか?





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by eric-blog | 2017-03-29 16:12 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白

なかったことにしたくない 実父から性虐待を受けた私の告白

東小雪、講談社、2014

2739冊目


宝塚歌劇団の予備校って、厳しいんだね。予科生は本科生の言うことに絶対服従。喋れる言葉は7つだけ。体の動きは常に体側。


一年経つと予科生は本科生になり、同じことを予科生にする。高揚感。は覚えているが、予科生の時のような思い出はないと言う。それは他のタカラジェンヌでも同じだと。


加害者は覚えていない。


「そんなものだ」「仕方がないことだ」と疑問を持たなくなることこそが、暴力を生み出す温床になっている。65


チェンバーズの「社会的弱者の生き延びる戦略」を思い出す。

○諦める

○権力に擦り寄る、馴化する。

○逃げる

○異議申し立てをする。

そして、チェンバースは言う。「社会的弱者の定義上、彼らには政治的な力がない。だから、異議申し立てが通ることはない。」と。


著者略歴。

20034月宝塚音楽学校入学。1985年生まれ。

2005年、初舞台、そして12月には花組の本公演の娘役に代役で抜擢されるも、千秋楽まで務めることができず、逃げ出す。


高校生の時に気づいた自分のセクシュアリティ。


2006年、父親が癌ということで、帰郷した時に、両親にカミングアウト。

2008年、10年以上闘病していた父親が癌で亡くなる。


2010年、いまのパートナーと出会う。


2011年に岩本令子さんに出会い、カウンセリングを通じて性虐待の記憶を取り戻す。


あれほど依存していた薬物を二ヶ月で断てた。


2013年、結婚式を挙げる。


記事中、「男役」となっているが、それは身長で振り分けられただけ。先ほど書いたように、本公演での役柄は娘役。性生活においても、分担はなしと。

https://matome.naver.jp/odai/2136219568681617401


てか、お相手のひろこさんの方が、美人じゃね? というか、ということは、私好みってことか? 慶應大学大学院卒がハマる? IT企業勤務?


いまは、生きていて良かったと語る小雪さん。


記憶のサムネイルがあるのに、再生できず、見ることも叶わないまま、26歳まで生き延びていたのだなあ。地獄ものものだと言う経験を。


本人の経験も語るように、「加害者は覚えていない」


その時、その場での高揚感や支配している気持ちがあるだけで。


知っていたはずの母親は、今も否定し続けている。


ほんの後半は母親や父親に対する「問い」が羅列されている。


色々な意味で、「問う」ことについて、考えさせられる。


自分を「弱者」の位置に置いている日本語で、対等に「問う」ことはできるのか?



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by eric-blog | 2017-03-29 15:22 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)

日本語は敬語があって主語がない 「地上の視点」の日本文化論

日本語は敬語があって主語がない 「地上の視点」の日本文化論

金谷武洋、光文社新書、2010

2738冊目


英語に主語が生まれたのも、そんなに昔ではない。


1066年、「ノルマンの征服」によって、3世紀の間、英語はフランス語にいじめ抜かれる。31

古英語に大量の仏語語彙が入り、男性女性名詞の区別がなくなり、格変化と動詞変化を失い、二人称の親称敬称の違いがなくなった。「行為文中心の主語言語」になった英語。33


英語は抜きん出て「である」状況ですら「する」で表現する。

そして、その主体は上空に不動の「神の視点」を持つに至った。


そのことを著者は『雪国』の翻訳で説明する。


The train came out of the tunnel into the snow country.


なんとも上から目線。状況を高みから見下ろす視点。


しかし、英仏独語のような文中に主語を置く言語は現在でも少なく、北欧語を含めて10を超えない。33


その視点からは「なぜ」が出にくい。


ビデオを撮りながら動く「地上の視点」。38


対話の場があり、話し手と同じ方向を見つめる聞き手がいる。


・行ってきます  行ってらっしゃい

・ただいま    おかえり

・おはよう  「共感」二人とも早いね。共視的

・ありがとう  共感、共視

・はじめまして

・あいづち、うなずき


日本語の場合、目上に対しては「私」が弱者の立場にあり、その人との相対的関係性を強調することで身を守る。

名前で呼ぶということはその本人を「個人」として扱うこと。



あげる・くれる が日本語独特だというのは、孫が「くれてね」という表現を使っていたことで感じたことでもある。


両方とも敬語。giveに上下がある。



この著者が使う手の一つが「語源はローマ字で考えよう」ということ。


語幹が子音で終わるので、変化をローマ字で母音を付け加えることでわかりやすくなる。



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by eric-blog | 2017-03-29 14:47 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)