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思考力を奪うSNS時代 Newsweek 2011.3.16

[1634]             思考力を奪うSNS時代 Newsweek 2011.3.16
I can’t think!

何かを選ばなくてはならないとき、選択肢がありすぎて頭が働くなってしまった経験。
情報過多が人間を不安にする。これは、心理的なものというより、生物学的な現象だという。P.40

研究しているのは「組み合わせオークション」。
複数の入札対象を組み合わせて、最低価格で競り落とすというもの。

情報負荷が高まるに従い、背側前頭前野皮質DLPFCの活動が活発になる。ところが、情報量が増え続けると、まるでブレーカーが落ちるように、DLPFCの活動はストップする。感情の抑制もできなくなり、イライラや不安が急激に高まる。

「情報が多すぎると、人間の判断は合理性を失っていく。」
判断力と情報量は反比例する。人間が下す決定の多くは、無意識に行われる。情報が多すぎると、そのシステムの働きが鈍くなる。P.42

・情報の洪水を乗り越えてどうにか決意を固めた人でも、その決断を何度も振り返ることが多い。情報が多いほど、排除した選択肢を後悔する傾向が高まる。
・脳は静止状態よりも変化を敏感に察知する。私たちは意思決定のメカニズムにおいて、より重要なものや興味深いものよりも、最新のものを重視する。「親近性」効果
・わたしたちは即時性と量が質だと勘違いする。
・情報の流れをいったん止めて、小休止する必要がある。「無意識」が新たな情報と既存の知識を統合して、新しい結びつきを生み出し、隠れたパターンを見つける。


3月16日、大阪環状線の売店で購入したものだ。まだ、どの雑誌も地震や津波、原発事故のことについて報道していない段階で、言ってしまえば「タイムリー」な特集だった。ツィッターやフェイスブックで「ガセ」が出回ったという報道があったからだ。
ガセと言われる情報には、避難場所や、どういうわけか、被曝対策についての情報もあったようだ。

今回の事態を経験して、ツィッターやフェイスブックは「ささやき系」、人間関係保持、人間関係潤滑油的なコミュニケーション・ツールではあるが、科学的な情報は伝達できないと、つくづく感じた。

地震と津波のダブルパンチを受けた原発。その事故の行く末がわからない時、風向き次第で、どこにでも、どこまでも飛散する放射性物質の動きと、計画停電、首都圏の購買圧力を考えたら、不要不急の人、放射線に影響受けやすい人々が、できる限り原発から離れる方向へ移動することは、当然の対策だ。

そのことを伝えたら、「恐怖をあおるような情報を流すな」と言われた。以上のような情報で「煽られる」ような恐怖心を抱えている人々の存在を知った。

例えば、ドイツ・シュピーゲル新聞社の「微小放射性物質拡散シミュレーション」は、12日から18日までの風向きと風速の情報と事故の大きさについての推定から、微小放射性物質 Plumeがどのように流れた可能性があるかをシミュレーションしたものです。
http://www.spiegel.de/images/image-191816-galleryV9-nhjp.gif

もし、あなたが、これを見て、ツィットするとしたら、どのように伝達しますか?

科学的な情報は、リニアに流れる「ことば」に載せることは難しいのです。

「ささやき系」コミュニケーションのツールで、「論理系」コミュニケーションによる結果を共有することの難しさ。

そのことも、今後検証されるべきだと思います。同時に、日本の新聞社などのマスコミの情報の整理や提供の仕方も、分析されなければならないでしょう。

科学的なものの見方・考え方が、若い世代に育っていたのか?
ボランティアに馳せ参じる若人もたくさんいる一方で、微小放射性物質が飛散する環境でも、ファッショナブルな服装をやめずに闊歩している若者もいる。

それが、いまの、そして、これまでの教育の結果なのです。

多様であることの安心感はあるものの、科学的コミュニケーション能力には疑問を感じざるを得ない不安感もある風景です。

いま、報道されている卒業式など以外で、子どもたちに対する教育的指導者たちが、どのように、何を伝えているのか、知りたいところです。
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by eric-blog | 2011-03-23 08:30 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

無意識の植民地主義 日本人の米軍基地と沖縄人

386-1(1633)無意識の植民地主義 日本人の米軍基地と沖縄人
野村浩也、御茶の水書房、2005

SMILEの長期研修中に読もうと思って、持参していた本の中の一冊。

植民地支配の側にいるのに、力に限界があり、また、「女性は人類最後の植民地」という当事者性の中で、どの植民地の解放から行ないたいかという自分自身の優先順位もあり。

植民地解放運動の当事者同士だからとして、たやすくこの著者とも、そして沖縄問題とも連帯することもできず。

苦しい。苦しいけれども、読み進めることを止められなかった。

研修の仲間たちと共有したかったフレーズがあった。その時間はなかったし、また、一人ひとりの参加者に与えられることもなかったが。

そして、そのことは、わたしの中での今回の研修に対する判断の、基準になったのであるが。また、それは別の問題で。

フランツ・ファノンを、もう一度、読んでみたくなった。

2 他者への欲望     12-14
呼ばれてもいないのに知者のもとに出かけていくということ

・ ・・・

他者の声を聴きとるということは、「こちらが判断する」ということではない。
他者を単なる情報として物質化することではない。
情報として「他者を知る」というは、「支配するために知る」ということ。
植民者は呼ばれてもいないのに他者のもとへと出かけて行き、支配のために都合のよい「現地情報」だけを集めてきたし、同じことは今もつづいている。

日本人は聴きとることができるか

「基地を日本にもって帰れ」

権力的沈黙

応答しないことこそわが利益。

「痛みを伝えるために発せられることばはいつも耳障りなので、耳をふさがれてしまう。」

158-
無意識に自己を第三者化することによって、無意識的に自己の権力を隠蔽している。

160
権力への居直りのもう一つの具体的な方法は、愚鈍への逃避である。

161
愚鈍への逃避の場合、実際には聞いてなくても聞いているかのようにみせかけることができる。聞くという態度は必ずしも理解を保証しないが、「良心的」にみせかけることができる。同時に、愚鈍が改善されるかどうかは最終的には個人の能力の問題に行き着くのであり、改善されなかったとしても他者はどうすることもできない。どんなに理路整然と懇切ていねいに説明されても、愚鈍だからわからないという可能性がどこまでも残るのである。したがって、愚鈍には、免罪の余地がつねに確保されることとなる。しかも、このことによって、逆に、説明する側への責任転嫁までもが可能になるのだ。つまり、愚鈍なものほど、説明する側を「説明不足」として糾弾することができるのである。

165
アリス・ウォーカーの挿話。『勇敢な娘たちに』より

「男」が女に傷をおわせ、自己の行動の結果を突きつけられたくないために、その傷を隠せと命じること。

さらには、明るく振る舞うことすら? 要求する。

174
沖縄人は、素朴であればあるほど、日本人に不評となるらしい。素朴であるということは、日本人に同化せず、精神を植民地化されていないということである。このことが日本人の利益に反するがゆえに、素朴な沖縄人ほど日本人に不評となるのである。

187
「最低の方法だけが有効なのだ」

205
職をあてがうことは、同時に失業の可能性をつくりだすことでもある。

依存させることは、排除する可能性をはらむ。

あとがきより
「知性は問いを発することではじめて身につけることができる。素朴な疑問を大切にしないかぎり、知性を得ることはできない。無知とは、知識のないことではない。問いのないことこそ無知なのだ。「私の身体よ、いつまでも私を、問い続ける人間たらしめよ!」(フランツ・ファノン)

*************************
今回の研修で学んだこと。

「傷ついた」という表現は、支配者の論理や欲望に巻き込まれること。
ただただ、自らの権利を堂々と主張せよ。
「痛み」という言葉も同様だ、ということはを、この引用を書きながら、悟った。
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by eric-blog | 2011-03-10 08:00 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く

385-4(1632)デフレの正体 経済は「人口の波」で動く
藻谷浩介、角川書店、2010

昨年6月出版で、2月すでに17刷りという売れ筋本。
++++++++++++++
「景気さえ良くなれば大丈夫」という政策が日本をだめにした!
そもそも景気を測っている指標が間違っている!
有効求人倍率なんか使っている国は他にない。

団塊の世代が高齢化していくことで、日本の消費構造は変化してきた。
内需縮小は、景気とは無関係に続く。
この傾向は「団塊の世代ジュニア」が高齢者になる時代まで、続く。

生産人口が減り、高齢者が増えたことが、内需を減らしている。

生産性をあげたことで、雇用が減り、消費が縮小した。
高付加価値とは、「人」をかけること。
++++++++++++

これまで、わたしが思って来たことをそのまま、経済評論家が言っている!
ちなみに、沖縄はいまも若い県なのだそうだ。1930年代生まれが、戦争でたくさん、亡くなっているからね。人口動態に影響するほど。

カンフル剤のような、景気刺激ばかりに金をつぎ込んで。対策が間違っていたことが最悪のシナリオを続かせる。著者は次のような対策を指摘する。

◯高齢富裕層の資金を若者に回す仕組み。
◯うすっぺらいばらまきは内需の刺激につながらない。そんなことはやめて、本当に必要な人に回す生活保護に一本化する。
◯既婚女性の4割しか働いていない状況を変えて、女性の労働力を活性化する対策を講じる。
◯海外からの観光客、短期滞在者を誘致する。

賛成!

インフラ整備のための公共投資も、メインテナンス系に力を入れろと。今回の大雪騒ぎで、そのことが明確になったけどね。

大きな成長ではなく、成熟した社会の「ていねいに」「よりよいものに」体質改善していくということさ。

ということで、昨晩は、「木造住宅」についての安藤直人教授のお話を聞きました。「強風とも言える追い風が、いま木材利用推進に吹いている!」のだそうだ。

追い風に乗るのも結構難しい?
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by eric-blog | 2011-03-03 09:07 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

なぜ、国際教養大学で人材は育つのか

385-3(1631)なぜ、国際教養大学で人材は育つのか
中嶋峯雄、祥伝社黄金文庫、2010

より成熟した国家としての日本の未来は、結局のところ、この先、どれだけ異文化理解を深めることができるか、その一点にかかっているように思います。200

2004年4月に秋田市郊外に開学した国際教養大学。その学長が書いた本である。
2007年度以来の就職率がほぼ100%をキープしている。
なんと、ミネソタ州立大学機構秋田校の跡地利用だという。

たぶん、明治時代に、私立大学が草創した時も、こうだったのだろうなあ。

新しい時代には新しい革袋ということか。

「開学わずか6年で得た高い評価」24

ではなく、
開学の精神が、いつまでその効果を保てるか、が課題だ。

その特色は、
◯必ず、一年は海外留学をすること。留学の費用は学費の中から支給されること。留学資格のためにはTOEFL550点以上が求められること。
◯授業はすべて英語で行なう。
◯幅広い教養をめざした国際教養教育を提供する。
◯教員公募制で、専任教員の半数以上は外国人。

たぶん、明治時代もこうだったのだろうなあ。あのアインシュタインの講義に、一般の人も含めて、弁当持ちで人が詰めかけたというのだから。

このような同じ意志を持った大学の連携として
◯国際基督教大学
◯立命館アジア太平洋大学
◯早稲大学国際教養学部
と合わせてG4。

大学生という若いパワーとともに、さまざまな取り組みが試みられている。
その熱気が、おもしろい。

Yes, youth can.
である。

秋田空港からほど近い、絶好のロケーションだという。


【学長推薦図書】129
武士道
万葉秀歌
三酔人経綸問題
菊と刀
文明の生態史観
論文の書き方
文明が衰亡するとき
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by eric-blog | 2011-03-01 08:32 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

ガンディーの経済学 倫理の復権を目指して

385-2(1630)ガンディーの経済学 倫理の復権を目指して
アジット・K・ダースグプタ、作品社、2010

サチャグラハ、非暴力抵抗運動で有名で、糸車をいつも回していて。
サッティヤグラハと、本書では記述されているが。

先進国での経験からインドの独立を目指そうとしたとき、その開発のあり方を彼がどう考えたか。それを追求したのが、この本だ。

倫理を語るのであれば、正義について語らざるを得ない。
正義を語るとすれば、富みの配分、豊かさの享受を語らざるを得ない。

ガンディーは実に多くの事柄について、実に多くの機会をとらえて、語っているのだ。

不可触賤民や女性に対する不平等をなくすことにも熱心だったという。
174
ガンディーは、・・・女性たちを政治的過程に引き入れることによって、彼女たち自身を活発で自覚的な変化の主体に変えようとする・・・。彼女たちを抑圧していたのは、男性と比べて身体的、経済的に弱いことではなく、男性支配社会が彼女たちに文化的に押し付けた無力感と、彼女たち自身による劣等感の受容であった。

「非暴力的闘争の美しさは、女性が男性と同じ役割を果たせる点にあります。暴力的闘争において、女性は男性と同じような役割を果たしません」。

一方で女性の役割を家庭に限定することで、経済的不平等の根元についての取り組みが不十分だと指摘も受けているという。194

伝統的な不平等と外部から押し付けられた不平等。

その両方からの解放をガンディーの経済学は求めたはずだった。

「ナイー・タリム 新しい教育」
の主張において、ガンディーは「職人は、彼らの道具の改良に注意を払うこともなく、知的な仕事をする人びとはこうした手工業には関心を持たない」結果として両者とも創造的な才能を失った。
とインドの状況を分析していた。

糸紡ぎのエピソードが示すように、ガンディーは「自立」にこだわった人である。そのため、学校も「自主財源」をもって運営すべしという考えでもあったらしい。

学校教育の経済的自立は、そのころインドの財源の1/3がアルコールの販売からのものであり、行政の財源に頼ることは、アルコール販売の促進と相関するからでもあったという。239


◯畑を襲撃する猿を駆逐するか否か
◯がんの夫を撃ち殺した人を擁護するか

葛藤する課題に対して答えを導きだす原則はあったとしても、常に答えは相対的なものなのだ。
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by eric-blog | 2011-02-28 15:08 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

ミツバチが地上から消える日 

385-1(1629)ミツバチが地上から消える日 
When the Honey-bees Vanish from the Face of the Earth, 2011
浅井隆、第二海援隊、2011

11月に『ミツバチからのメッセージ』http://ericweblog.exblog.jp/11518165というDVDをご紹介した。この2月14日には埼玉県小川町で、ミツバチについての学習会も開催された。

この本は、ジャーナリストである浅井さんがまとめたもの。ミツバチは文明の指標なのだという。そのミツバチが、ヨーロッパでも、日本でも消えている。

第二の『沈黙の春』とも呼べる本だと思う。

沈黙の春が指摘したことは、「公害問題」と受け止められたのではないか。1970年代の反公害運動は、point-source pollution発生源が明確な公害を、一つひとつ告発し、一つの告発が規制やガイドラインにつながり、企業や行政の行動規範を形成した。

いまや、東京湾は、これまでになくきれいになったと、関係する誰もが胸をはる。

一方で、地球温暖化に代表されるnon-point-source、発生源が広く広がっている場合、つまり、自動車、工場、暖房、発電、文明の姿そのものだ。

著者はミツバチがキー・ストーン種中枢種、環境指標生物であり、生物の連鎖の要だと指摘する。

多くの生物種の絶滅、生育異常、生殖異常、奇形の発生。

虫たちの沈黙の春は、広がっている。

容疑者探しはかまびすしいが、一つの原因、一つの対策というような単純な解は誰からも提案されてこない。
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by eric-blog | 2011-02-28 15:04 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

森林と人間 ある都市近郊林の物語

384-2(1628)  森林と人間 ある都市近郊林の物語
石城謙吉、岩波新書、2008

山仕事に通い始めて三年になるか。育てるという点で、教育にも通じるところがあり、もちろん違っていて当たり前でもあるのだが、感ずるところは多い。

この本では特に類似点について考えさせられた。

まず、著者が脱人工林を大学演習林で始めたのが1973年。
教育に対する位置づけや国際社会の環境に対する意識が転換していった時代だ。

苫小牧市郊外の2700ヘクタールを、生産林ではなく、都市型共生林として整備することを目指した。「林種転換事業」として、地域の林種を顧みず、造林してきた戦後の林業のあり方を見直したのだ。

施業の方法は択伐とし、基本的には「研究林」へと姿を変える。

大径木は残す。
林業的価値で決定しない。

一万年続いた森林文化である縄文時代。2400年ほど前に伝わった稲作文化は、それと融合する形で定着した。里山が稲作のための肥料を提供する役割も担ったのだ。

地域と場所の特性に合わせた集約的土地利用。それが日本の森林文化の基盤として続いて来たのだと。

北海道には市町村有の森林がたくさんあるという。それらは林種転換で人工林化したまま、ほとんどが放置されている。それを、苫小牧研究林のような市民との協働による共生の林にしていくことができたら、著者の夢は広がる。

大量生産大量消費
効率優先
生産価値の追求

以上のような高度成長時代の価値観から

多種多様な生物的多様性の尊重
手間ひまかける共生
集約的多様な利用価値

放っておいても、木は育つ。
介入するのはなぜか?

放っておいても、子どもは育つ。
介入するのはなぜか?

育てることは、木に聞くこと。
育つ木があって、育てる道がある。

森も人も同じなのだ。
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by eric-blog | 2011-02-24 08:32 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン  人びとを惹きつける18の法則

384-1(1627)スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン  人びとを惹きつける18の法則
カーマイン・ガロ、日経BP、2010

自身もコーチングやプレゼン指導を行なっている人が、ジョブズのプレゼンを分析した(賞賛した?)もの。

プレゼンのポイントは三つ。
1.人の集中力は10分まで。あきさせるな。
2.ことば、感覚、からだに働きかけろ。あきさせるな。
3.自分自身も楽しめ。最初から最後まで、あきさせるな。

そして、最後に、
「ポイント」は三つに絞る。
文章は、三つを並べる。
全体は3つのパートで構成する。

そういう彼が、なぜこんな分厚い本を書いたのか、よくわからない。
ま、売れてるからいいか。

『スティーブ・ジョブズ 名語集』PHP文庫、2010
の方が、おもしろかった。

あ、そうそう、
データは使わない。
パワポのデザインはシンプルに。
びっくりするほどキレがいい言葉を使う。

この三つも大切だ。

なぜジョブズが成功したか? いいプレゼンテーターだからか?

答えはYesでもあり、Noでもある。

自分のやっていることが好きだからだよ。彼は、自分が売り込んでいる、自分が開発したものが、大好きなんだ。
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by eric-blog | 2011-02-23 08:06 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

浪費しすぎるアメリカ人

383-2(1626)   浪費しすぎるアメリカ人
ジュリエット・ショア、2000

『働き過ぎるアメリカ人』に次いで出された。つまり、アリ的アメリカ人を描いた後、キリギリス的側面を描きだしたということなのだ。
アリギリスは、未来への答えではなさそうだ。

消費は「あなたをつくるもの」なのだ。ブルデューの「消費と階層」論を引きながら、著者はアメリカでも消費は収入に見合って増大すると指摘。働いても働いても、消費を満たすに十分だと感じることはない。

この本の第5章で、著者はダウンシフトした人々を紹介している。高坂さんのように自己採用とまではいかないまでも、収入が三分の一程度になる転職を選んだ人たちだ。
有機野菜を買い、ものを修理して使い、社会活動にも取り組む。彼らに共通している点があるという。
大学卒であること、何らかの、ブルデューがいうところの文化資本を持っていること、主流派に戻るという選択肢も持っていること。

アリギリスより、贅沢なのだ。

いやアリギリスのあるべき姿なのかもしれない。

最終章で著者は「消費を減らせば経済は崩壊するのか」と問う。

緩やかに、より消費が少ない開発の道はあると彼女は言う。
教育、研究、開発に大きな投資をするヨーロッパ型開発だ。
モノから人へ

開発の在り方を変えたいのであればまず人から、だ。

テッド・トレイナーが『死に向かう開発』で警告し、提起したことはいまもその意義を失っていない。

ericかくた なおこ沅
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by eric-blog | 2011-02-18 09:15 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)

死に至る地球経済

383-1(1625) 死に至る地球経済

浜矩子、岩波ブックレット、2010

市民キャビネット農都部会のメーリングリストで浜さんのTPP環太平洋戦略的連携協定についてのレクチャーが紹介されたので、YOUtubeした。
TPPは戦前の排他的経済圏と同じで、いまのグローバル地球経済の生き残りをかけた時代になんという時代錯誤的な議論であるかという指摘。

中野剛志さんのインタビューを読むと、TPPにおける経済規模は米国7割日本2割。実質、いま貿易を増やしたい米国の日米貿易協定に代わるフェイントだと。
自虐史観の問題よりも、政治家や経済界の「世界の孤児になる!」というような極論の方がよっぽど危ないね。

その始まりがアジア・太平洋・南米の小国中心であったために、単なる貿易上の経済圏構想だと見られるが、実は関税決定権など直接的な経済行動以上に弁護士、医者、などの専門職の資格などの一律化など、同一圏としての一律化、均一化、均質化を伴うものだと反対派はいう。TPP経済圏の7割を米国が占めている現在、誰がルール・メーカーであるのか。が明白なのが、わからんか?と。

でもね、とわたしは思う。小国にとってはありがたいことなのだ。実は。
日本国内でも、規制規制でスモール・スケールの企業は、対応に苦慮しているのではないか?さまざまにかけられる行政・業界の網に対応する人材など確保できない。

誰かが、国際市場に対応する規制・資格を管理してくれるのであれば、それが楽。

まさかそんな小国同様に振る舞うつもりか?
日本はゲーム・メーカーたることはあきらめた。しかしルール・メーカーの一端を担うことすらギブアップするのか?

TPPが突きつけているのは、そんな問題だ。さらに、米国はそもそもフェアプレイヤーなのか?

日本のたち位置をどうしたいのか?その哲学の欠如を鮮やかに指摘したのが、なんと江戸時代研究者の田中優子さんだ!北方領土問題を、ナショナリスティックな課題にしてしまった時代錯誤的な政府の対応に失望した、と。
いまや領土争いの時代か?QOL生きるということの質の問題に政治家、そして政治は寄与すべきなのではないか?と。
なんか感動した!国民国家という近代的枠組みが超えられなければならない。
その方向を政治家が示していないのだという失望だ。

閑話休題。田中さんではなく、浜さんである。TPPの問題を論じたものではないが、この本は面白い!比喩が巧み。流れがわかりやすい。
講演会で田中真紀子さんが堅く握手していたのを思い出す。きっと浜さんの言い回しを自分自身の演説に取り入れているに違いない。

曰わく
○ギリシャという国がアリかキリギリスかと問われれば、キリギリスだと判断していた投資家たちが、EU加盟を機にアリになったかと金をつぎ込み、ギリシャはキリギリス的面目躍如の結果に終わった。
○21世紀に求められるのはアリの勤勉さとキリギリスの享楽的消費を兼ね備えたアリギリスだ。
○証券化を活用する金融機関は、ツケで飲む客が多い飲み屋のようなものである。たまった請求書をまとめたり束ねたりして福袋をつくる。それが債権の商品化。
○中国は若く、忙しく、成長という名の一輪車を猛スピードで走らせている。さながら毎日が学園祭。
○かたや、日本は公共投資が行き渡り、新たな成長は生み出さない。
○成長と競争と分配の要素で言えば、分配のベクトルに働きかけること。
○社会的セーフティーネットの構築
○「自分さえよければ」主義を決然と退ける協調の英知
○悲惨なるものと耐え難きものとの間の選択問題。

中国の労働争議頻繁のくだりで、roudoushaとrousoushaの誤変換は、さらに問題を複雑怪奇なイメージへといざなうご愛嬌。

わたしは企業減税に反対だ。企業の国際競争力は1990年代にすでにチャレンジドであり、残るものが残った。残ったものの多くが実感しているのが安定と人材であるはずだ。

ならば、そのような強みを強化するための公共投資こそが求められる。

ハードからソフトへ。この方向は地球時代の経済成長には欠かせない。物質に拠らない高付加価値化による以外の経済成長は環境付加的に耐え難い。

三次産業、六次産業へ。
ありとあらゆる人と場におけるQOLアップのための活動とその活動支援の枠組みづくり。

ね、浜さんの発言と田中優子さんの発言はつながっているですよo(`▽´)o

元は民間のエコノミストであった浜さん、北区の図書館では、『日本人のまっかなホント』にも著者として名前が検索に引っかかりました。

ericかくた なおこ沅
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by eric-blog | 2011-02-13 15:53 | ■週5 プロジェクト10 | Comments(0)