カテゴリ:■週5プロジェクト08( 228 )

おくりびと

286-1(1278)おくりびと
百瀬しのぶ、小学館文庫、2008

映画の台本の作家自身によるノベライゼーション。アカデミー賞受賞作なのだから、見に行けよ、というところだが、わたしは機械のような本木雅弘さんが苦手なのだ。小説の中でも、「潔癖性」的な描写、所作の美しさなどが強調されている。そういうのが、苦手。なのだ。

では、なぜ、この小説を紹介するつもりになったのか。

納棺師に対する差別が、描かれているからだ。「ケガレ」意識の結晶として。

オーケストラのチェリストという立場を失い、地元に帰った小林大悟が、出会った仕事。納棺師。

しかし、家族も、旧友も、けがらわしい、と忌避する。そんな彼の仕事を、彼ら自身の「家族の旅立ち」を通して、認めていく。尊敬していく。

尊敬されていくことで、ケガレ意識から解放されるのかどうかは、不明だ。しかし、家族は戻り、仕事は続く。

死を司ることの非日常性。避けて通りたい事柄。「生」しかない、いま。

さまざまな納棺師として出会う死のエピソードも、実は、いまの社会の「生」を映し出す。

性と性自認が不一致である死者に触れ、化粧を「オトコ化粧」にするか「オンナ化粧」にするかを確認する。家族は「オンナとして死なせてやってくれ」と。高校時代の男子生徒としての写真が掲げられる葬式。

小林の父親は、6歳の時に、出て行った。捨てた子どもの元に、戻れないまま、死んで行く自分勝手な、その生き様が透けて見える死に様。


定本 納棺夫日記
青木新門、桂書房、2006
(090417追記)

映画「おくりびと」のエピソードとして使われたものと使われなかったもの。使われなかったものは、火葬場で働く人びととのやりとりだ。死にまつわる職業をケガレとし、差別する社会に対する鬱屈が、「いやな仕事をしてやっているんだから、もっと金よこせ」という「金儲け」に逃げる姿勢を作り出す。納棺夫としての著者がすごいのは、「自分の職業を卑下し、携わっているそのことに劣等感を抱きながら、金だけにこだわる姿勢からは、職業の社会的地位など望むべくもない。」29 としつつ、本人も、自分の納棺への取り組みの姿勢が変化したことで、周りの目や扱いが変わったことを紹介している。

浄土真宗が人口の80%という土地柄からの仏教、親鸞などの死生観や宮沢賢治の見たもの、金子みすゞの詩などがからむ。この定本は、タイトルの小説に加え、自薦詩や童話を追加して、編集したもの。

雪道

雪国に生まれ
雪国に育ち
雪道を歩いているうちに
人の通った跡もない雪原を
ただ従って歩くことも
やめようと思った

吹雪にあい
雪崩にあい
雪道に迷っているうちに
雪道を行くには
よき人の足跡をたどって
歩いていくことだと気づいた

本人のこだわりと戒めの心持ちに関わらず、納棺師という仕事は、青木さんという才能を得て、「夫」以上のものになった。
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by eric-blog | 2009-04-17 07:37 | ■週5プロジェクト08 | Comments(1)

裁判員制度はいらない

288-2(1290)裁判員制度はいらない
高山俊吉、講談社文庫、2009、2006単行本

わたしは「裁判員制度」は司法大学院卒業生の雇用対策だと思っている。法務省の矢継ぎ早な改革にも驚くが、それをやれちゃう財力にも驚く。いつまでたっても学級人数一つ減らせない教育界よりよほどリッチだ。
高学歴化は悪いことではない。しかし、社会的資源の再配分機能を持つ公教育に投資せず、格差を助長する投資の方が大きくなるのは問題だ。

著者は裁判員制度を以下のように批判する。
・参審制を規定していない憲法違反
・陪審員制度は「被告が犯罪を否認している件のみ」「陪審員だけで」「有罪か否か」を決定するもので、量刑を決めるものではない。
・ 裁判員が参加するのは一審のみで、上告審は裁判官のみで行なう
・ 裁判の独立性を考えれば、一審の裁判員も加わった判決を「尊重する」ということはあってはならない。
・ 模擬裁判などの結果によると、裁判官の発言に大きく左右される。
・ 集中的に審理する日程のために、事前準備など、すればするほど、「出来レース」になる。
・ 一生公務員という裁判官らと違って、一過性の裁判員に「守秘義務」がどこまで可能か。


日本の刑事犯について、有罪の確信があるからこそ、起訴する。拘留など、被告本人を手元において調査権のある検察側が、圧倒的に有利だ。などの指摘もある。

『サマヨイザクラ』が示したように、妥当なストーリーの前に、真実が口をつぐんでいく、この伝統的集団的圧力はどう手だてを打たれていくのだろうか?裁判という真実を見極める場で。真実ではなく、妥当な社会的処罰を議論するのか。

では、なんのための裁判員制度?
行政、立法それぞれに「市民参加」が協働や市民立法など、機会が増えている。それに便乗して、追加的職務としての「市民参加対応」職を得ようとしたのだとしか思えない。

いま、「公」に変化が求められている。しかし、bottom-upの変化のメカニズムが弱い構造にしてしまっている。さあ、どうする、というので、「上」から求められる「共」という側面がとても強い。

ただ、どのようなことであれ、「参加」の機会は「知る」「興味を持つ」「考える」機会につながることは間違いない。しかし、この際、裁判の公共性を高めるために、「協働作業」を求めているのは、司法の方なのである。

であれば、いま裁判員に対する金額は安すぎる。本当に、同等の立場で、守秘義務の科料もあるのであれば、裁判官と同等の日給で支払うべき。そうすれば、裁判官らの態度も多少変わるだろう。

「基本給。
最高裁長官2304000、最高裁判事1682000、東京高裁長官1610000
他高裁長官1492000、判事1号  1346000、判事8号    593000
判事補1号  475000、判事補12号 237800
簡判1号   937000、簡判17号  237800
検事総長  1682000、次長検事  1375000、東京高検事長1492000
他高検事長1377000、検事1号  1363000、検事20号    237800
副検事1号  658000、副検16号  209800、司法修習生   207300」

判事1に準じるとすれば、6万7000円というところだね。
「公」との「共」協働作業で、より安い労働を提供するだけなのであれば、社会は育たない。
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by eric-blog | 2009-03-30 07:06 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

サマヨイザクラ 裁判員制度の光と闇

288-1(1289)サマヨイザクラ 裁判員制度の光と闇 上下 
郷田マモラ、双葉社、2008、2009

今日はお花見日和ですね! わたしもこれから飛鳥山!

桜の木が立つ観音が丘という住宅地で起こった殺人事件。
三人が殺されたということで、量刑判断としては死刑。しかし、殺人の背景に、その住宅地全体で行なわれていた加害者家族に対するいじめの存在があった。

ひきこもりであること、過去の犯罪歴があること。それらの条件が不利に働く。
被告人自身も「死刑」を望む。しかし、一家に対する「集団の悪」だけは裁いてほしいと訴える。

ちょっとどんでん返しがつまらない。とはいえ、裁判員のみならず、裁判官、弁護士、検察官ら、関係者ひとりひとりの葛藤、議論の描き方は上手い。

議論の方法においても、「真実」に対する訴求力が弱い社会なのだなと、改めて思った。

裁判員制度が始まる前に連載された意欲作。
「モリのアサガオ」という死刑囚と看守の物語も、読んでみようかな。
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by eric-blog | 2009-03-29 10:46 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

六ヶ所村ラプソディー ドキュメンタリー現在進行形

287-8(1288)六ヶ所村ラプソディー ドキュメンタリー現在進行形
鎌仲ひとみ、影書房、2008

六ヶ所村という、核燃再処理施設をめぐって推進・反対の「行き止まり」になっているかと、思っている状況に、ニュートラルに切り込んだ映像作家。

両方の立場を取材するというスタンスを取り続けて、そのドキュメンタリーが人を動かし始めて、やっと、そのスタンスの意味するところも、市民権を得てきているのかと思う。

推進派を取材すれば「推進派」だといわれ、「反対派」を取材すると、「偏っている」と取材を拒否される。そんな中でも、取材に応じてくれるのは、意外にも六ヶ所村に住む推進派、反対派の人びとだった。「自分たちの意見を十分に表明してこなかった」「これまで聞いてもらえていない」などが、その思いだ。

遠くの行政や企業の代理戦争を闘わされている六ヶ所村。そこにも声があること、その声こそが六ヶ所村のこれからを決める声につらなっていく道は、始まったばかりなのかもしれない。

遠くの大きな力に対抗するために、菊川さんは尋常ならざるパワーを付与され、期待される。それを淡々と続けている。近くの人ともつながりながら。

その人間的な営みの多様性や重奏性、一人ひとりを描き出している。

Life Goes On.
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by eric-blog | 2009-03-28 13:24 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

心の病は脳の傷 うつ病、統合失調症、認知症が治る

287-7(1287)心の病は脳の傷 うつ病、統合失調症、認知症が治る
田辺功、松澤大樹、西村書店、2008

今年は290冊目指して、がんばるぞう! 後三冊。

『お医者さんも知らない治療法』に続く第二弾なのだそうだ。

松澤さんというお医者さんが、MRIの新しい映写角度(後頭部を高く、前にかけて低い)を特許申請し通ったので、書きやすくなったということで、かなりはっきりとMRI写真入りで紹介されている。

扁桃体とセロトニンの大切さは、ERICの研修でも常々伝えていることだが、うつ病なども実は扁桃体の「穴」が原因だという。これが塞がれば、病は「治った」と言える。すごいことだなあ。心の病を抱えている人は、「治癒」したことに自信が持てないのだろうなあ、そのために、悲観的な考えから抜けられないということもあるのだろうと思っていた。それが「治る」と言われたら、それだけで治療効果が上がる気がする。

では治療法は何なのか?

「こころ」を生む脳の中枢は、海馬(知)、扁桃体(情)、側座核(意)。その中でも主役は扁桃体。

扁桃体は「こころの脳」、感情を司る。そこでセロトニンが大切な役割を果たすのだが、セロトニンを合成するために必要なのはトリプトファン、それがたくさん含まれているのがバナナ。
そして、セロトニンは夜出されるので、自然な睡眠のためにからだを動かす。

運動することと、バナナを食べること。赤身の魚、豆乳。

酒とたばこはできるだけやめる。

クスリは、総ドーパミン量を抑え、セロトニンを増やすため、必要最小限で。

からだ いのちの脳 こころの脳 人間の脳  107

という整理もおもしろい。

1926年生まれの松澤さんは、これまで3000人以上を治癒してこられたそうだ。
http://www2.ocn.ne.jp/~taijudr/

わたしの父親とほぼ同年だね。

アメリカ留学していたときのホストマザーが、40歳で子どもを生んだ時、体質が変わったのか「他人はこんなに快適に生きているのか」と思ったそうだ。

人の感じていることはわからない。「肉体マネジメント」の責任は、一人ひとりしかとれないのだ。
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by eric-blog | 2009-03-28 09:19 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

肉体マネジメント

287-6(1286)肉体マネジメント
朝原宣治、幻冬社、2009

いま、シンキング・スキルということについて、勉強会を始めている。
どんなスキルのことか? という技術的省察
スキルは何のためか? という実践的省察
そのスキルで何をしたいのか? という見通し的省察
が大切だと思っている。

例えば、朝原さんが己れのからだと向きあって、体幹はエンジン、手足はタイヤと気づき、体幹から動くイメージ・トレーニングと、体幹筋肉のトレーニングなどを取り入れるようになるまでのプロセスに、シンキング・スキルは無関係だろうか?

彼がつけたからだ感覚についての毎日のメモは、からだで行なうことを再現するためにとても有効なのだが、ある時突然体感が変わると、自分でも何のことかわからなくなるという。

とはいえ、彼が一回だけのレコードホルダーではなく、36歳まで現役を続けられたのは、この「再現性」をつかむことで、向上することができたからだという。また、コーチに頼らず、指示された練習についても自分でその意味を確認しながら行なったこと、そして、ドイツ、アメリカと違った理論、違った方法を体験したことも、最後、自分自身がトレーニングを続け、大成につながったという。「セルフマネジメントは楽しい」

スタブロが嫌いで、100メートル走より、スタンディングスタートのリレーが好きだという。そして、日本の400メートルリレーには、四人の合計タイム以上の何かがあるのだという。

1位 ジャマイカ 37秒10 【世界新】 カーター フラーター ボルト パウエル
2位 トリニダード・トバゴ 38秒06 ブレドマン バーンズ Callender トンプソン
3位 日本 38秒15 塚原直貴 末続慎吾 高平慎士 朝原宣治

100m走は40メートルまでの序盤、60メートルまでの中盤、そしてそれ以降の終盤で組み立てられるという。
序盤ではからだを起こさず、下を見て、トップスピードまで、なるべく早く持っていく。中盤の40-60メートルでさらに加速し、60メートルでトップギアに。
日本選手は序盤、スタートでエネルギーを使うので、中盤で黒人選手に引き離される、しかし、終盤は黒人選手たちもばてているので、条件は同じ、だから、中盤のパワーをつける方法を探れれば、まだ伸びると、朝原選手は考えている。

そうなんだよね、10秒代の選手4人が走って、なぜ40秒を切る?
現役を引退したいま、まだ人生の中盤にかかったばかりだという。これをばねに、加速し、60代のトップギアへと、人生も同じだ、と。

頭でわかっていることを、競技のときは、頭で考えてやっていたのでは間に合わない。からだでできるようになっていないと、とも。

「こんな感じ」を再現するのは明確な言語能力なのではなく、そのことばによって喚起されるからだ感覚なのだ。 そして、それもまた立派なシンキング・スキル、多重知能の中の身体的知能であるはずだ。
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by eric-blog | 2009-03-27 10:34 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

イラクの混迷を招いた日本の選択

287-5(1285)イラクの混迷を招いた日本の選択
自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議、かもがわブックレット、2007

『「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』が角川書店から出た!
2008年4月17日の名古屋高裁での歴史的な判決、派兵違憲判決を受けてのことだ。

まっすぐに、進みはしない時代の中で、勇気をもって、活動することが未来への希望の光になることを、これらの訴訟は教えてくれる。

全国11都道府県で12の訴訟、原告は合わせて5700名、弁護団は800名。

1億2000万人の中で、
世界66億人の人々のために、
声をあげた人たちがいる。

一人ひとりは、
地球の小さないのちだけれど、
互いにつながりあい、影響しあっている。

できることを、できることから始めよう。

このブックレットは、訴訟について
1. 「後方支援」は集団的自衛権の行使という参戦である。
2. 「安全確保支援活動」という給水活動は軍事的意義のため。
3. 原告たちの声
4. 平和に生きる権利を、第三・第四世代の人権として訴える。
という四章立てになっている。

特に、「平和に生きる権利」を
第一世代 1789年の「人権宣言」などの「自然的権利」の擁護の時代
第二世代 1919年のワイマール憲法のような「人間たるに値する生活を保障する」社会権、国家への自由の時代
第三世代 第二次世界大戦の経験を踏まえ、「平和を享受することがあらゆる人権保障の前提である」こと。非人道的大量破壊兵器を根絶すること。

ERICでは第二次世界大戦後の人権概念の発展を
第一期 世界人権宣言国家による人権侵害を許さない
市民的諸権利の条約、政治、経済、市民社会、文化などの権利
第二期 人種差別、女性差別などの差別撤廃を訴える
すべての差別は社会的文化的に形成されたものであり、その撤廃のためには社会的な積極的差別是正措置が必要である
第三期 子どもの権利条約
保護は主体性の発揮のためにある、弱者は保護を受ける権利がある。
とまとめています。『いっしょに考えて! 人権』p.62

平和に生きる権利というのは、「自然権」「社会権」に続く「国際権」なのではないかと思います。戦争について、国際的な視野で、地球規模で考えることは、1864年8月22日のジュネーブ条約が傷病者についての保護を定めたところから始まり、戦争状態という状況の中での約束事を積み上げてきました。
現在、国家対国家の戦争から、もっと複雑な戦争へと形態が変わり、また、子ども兵士や非戦闘員に対する攻撃など、別の課題も生まれてきています。

すべての人が平和に生きる権利のために、日本ができること、日本でできるここと、わたしたちができることはまだまだたくさんあると思います。

自衛隊イラク派兵差止訴訟の会は、2004年2月29日の設立、そして、「イラク派兵は憲法9条1項に違反する」という判決を得て、2009年2月21日の第6回総会で解散を決議しました。ご苦労様でした。

そして、すべての人権活動、環境活動をしている人々に、感謝。

さあ、これからだ。
さあ、これからも。
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by eric-blog | 2009-03-26 17:10 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

アホな二代目につけるクスリ 継承は創業より楽しい

287-4(1284)アホな二代目につけるクスリ 継承は創業より楽しい
住野公一、東洋経済新報社、2007

あれれ、図書館の「新刊コーナー」で見つけて借りてきたと思ったのに、意外や2007年!

表紙が嫌いだ。バドガールのようなカーガール(?)が並んでいるところに、にやけて二代目が立っている。(と、見る) もちろん、オンナ性の中でも「美女」を売り物にしている人は、モデル、女優、受付「嬢」など、さまざまいるし、自負心をもって取り組んでおられると、わかってはいても、「嫌い」だ。若い時に、自分にも押し付けられ、求められ、比較され、評価されることに、からだ感覚で防衛しなければならなかったことの習い性が残っているのだろう。いまだに、うずむず反応してしまう。ペッ!

なんなんだ、この自動車と美女という取り合わせは?
誰か、どこかで研究しているはずだと思うので、調べてみたいものだ。

社会の自動車離れに喜んでいるのは、「エコ」からだけじゃないわたし発見。

と、まあ、自動車文化のマッチスモに唾を吐きかけておいた上で、創業者のワンマン、カリスマ、「怒りの経営」から、継承者の「自主・自発・自律」と「笑いの経営」へという転換が面白かったのでご紹介。

二代目の極意が「事業継承」「新規事業」「社内風土」「人材育成」「ミッション」と5Partに分けて紹介されている。中でも「人材育成編」は「全員野球」ではないが、一人ひとりのやる気をどう引き出すかがポイントだと、どこの組織でも共通している課題にどう取り組むかが語られている。

1948年生まれ、肩書きや堅苦しい服装などを排し、オープンな社風を作っている努力家なのだ!
アホではない。 自戒の言だ。

でも、女性も男性と同様に、アイデンティティが欲しい。仕事や関係性、社会性、能力、肩書き、アイデンティティの根拠は多様だ。それは女性も多様だし、男性も多様だ。

男性中心社会の中で、女性がいるということは、「女性」という記号が強くなりすぎて、その多様性が発揮しにくくなるということだ。特に「美女性」や「オンナらしさ性」などに縛られるメッセージが強い社会風土があればあるほど、多様性が抑圧される。

しかも、出産という生殖の負担は女性に大きい。それだけで、生ききれるほど短い人生ではなくなっているにも関わらず。一度降りたキャリアの道を閉ざされるが、スウェーデンにも多いと言うではないか。

抑圧的な社会をどのようにして脱学習していけるのか、そんなことを表紙だけをながめながら、考え込んでしまった。

Amazon UKは日本のイリュージョンという会社が作成したDVD Raplay を販売禁止にしたそうだ。国会議員の議会での質問のやり玉にもあげられたらしい。かたや日本では、家庭内暴力経験者が約3割にものぼるとニュースが言う。

子が親をなぐった家庭内暴力から、子育ての母親からの暴力、そして夫からの暴力へと、問題の根源が、露にされてきている。わたしたちは暴力的な社会に生きている。

バランスがあることはいいことだ。暴力が皆無?  それは追い求めるべきbetterなものではあるが、「「完全」は善と改善双方の不倶戴天の敵だ。」

しかし、いま、悪いメッセージがいいメッセージを駆逐しているのではないかという危機感は持つべきだ。
自分たちが発しているメッセージ、若い人たちにふりそそがれているメッセージは何か、考える必要がある。

「あなたは18歳以上ですか?」というチェックボタンだけで、アダルト商品にアクセスできるAmazon jpは、まやかしだ。

そのことをしっかりと問題にしていく必要がある。健全な「カーガール」の文化を大切にしたいのであれば。

わたしたちはみんな「アホな二代目」になるかもしれないという危機感をもって、この社会を継承していかなければならない。Always for the better!
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by eric-blog | 2009-03-25 11:39 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

<日本人>の境界 沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで

287-3(1283)<日本人>の境界 沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで
小熊英二、新曜社、1998

『辺境から眺める』に先立つ出版である。

この本は、特に「教育」と法制に焦点をあてている。

10
教育における「日本」化とは、「国語」教育や日本文化の注入、そして国家と天皇にたいする忠誠心の育成。
さらに教育における同化政策の重要な一環として、歴史観の改造。・・・近代国民国家における「国民」とは、共通の「国語」や共通の文化、そして共通の忠誠対象ばかりでなく、共通の歴史をもつ集団として創造されるからである。
11
法制的な「日本」化は・・・現地の慣習を温存し在来支配層の協力をとりつけて支配を行なう間接統治路線と、現地の慣習に代えて日本の法体系を適用してゆく同化路線の対立もまた、すでに琉球処分の時点から存在している。

「包摂」国民教育、国内法適用、国民参政権  =われわれ
「排除」「旧慣」温存、植民地「自治」    =彼ら

14
もともと被支配側は、自己の願望を表現することに多くの困難を負う。彼らが従来から使用していた語彙には「近代的」な「政治の言葉」はなく、したがって「近代的」と認知されうるようなかたちで表現を行なおうとすれば、支配側が使用する「政治の言葉」を借りるほかないからである。

読者は本書の記述をとおして、支配側・被支配側がともに共通の政治の言葉を使用しながら、しかし同時にそれぞれがその言葉によって表現しきれぬ部分を抱え、言葉の解釈をめぐって争う事態をみてゆくことになろう。

沖縄における「普通語」に加えて、英語を学ぶ負担から、沖縄県尋常中学校から英語科が廃止されることに対する中学生たちからの反感、そしてストライキなどは、内地への同化に文明化を見ていた沖縄のさらにその先への願望を表しているのかもしれないし、さらにその先を習得することで、普通語をも対象化する気概であったのかもしれない。288-289

また、日本側の(朝鮮の伝統文化に対する)オリエンタリズムの視線への反発が、「日本人」への同化を促す一因となっていた。433

「「内地の知識人達は何故かしら朝鮮を骨董化しようとつとめるのです。」」433
「彼らにとって「日本人」になることは、すなわち差別からの脱出であり、近代化への願いであり、女性の地位向上であった。それは一言でいうならば彼ら自身の幸福への願望であり、皇民化政策への協力はその手段であったにすぎない。」434

戦前教育の刻印としての日章旗、日の丸、軍歌。581

「本土なみ」の教育環境整備、「本土なみの学力育成、「本土なみ」の共通語奨励、そして「本土なみ」の「日本人」意識の育成など・・・国民教育運動は、教え子たちへの責任感や愛情、状況へのやり場のない焦り、そして自分たちの幸福への願望といった多様な感情が、「日本人になること」というかたちをあたえられて噴出した現象であった。583

制度を通しての教育の刻印が、いまも尾を引きずっている。

同時に読んでいたのが『由煕 ナビ・タリョン』37歳で逝った李良枝、わたしと同い年の在日の作家の小説だ。  特に激しい差別を受けたわけではないという。しかし、両親は離婚訴訟のまっただなかにあり、父息子は帰化を巡って対立し、自身は家出し旅館の仲居を経て、・・・・作家となって、それらの体験を「反復」する。  季節ごとの儀式、祭礼が「反復」するように、反復される儀式も、わたしたちの社会に確かな存在感をもって、ある。
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by eric-blog | 2009-03-23 10:32 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)

教育/家族をジェンダーで語れば

287-2(1282)教育/家族をジェンダーで語れば
小玉亮子、木村涼子、白澤社、2005

自殺が多いのは男性
いじめで死ぬのも男子生徒

泣かない、強くあれ、など、マッチョな規範意識が学校にはあふれている。
にもかかわらず、その「隠されたカリキュラム」について、なんの手だても打っていない。打たない学校がある。あり続けている。


そのことを、再び、この本も指摘している。

混合名簿が当たり前
<降りる>ことの難しさ
ロマンスのしくみ
近代の家族像、「恋愛」結婚、対概念。
「母」性の発見
生徒指導の先生の「身体的力」
PTAのジェンダー、男性のトップと女性の働き
家庭内暴力の「問題化順序」  子ども、母親、夫
学級崩壊という教室の支配権争い
男子の女子へのひやかし
スポーツとオトコらしさ
理数系教科とジェンダー

これまでも出されてきているキーワードについて、著者ら二人による往復書簡的に連載されたエッセイの単行本化。
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by eric-blog | 2009-03-22 11:27 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)