328-2(1420) 狙われたキツネ
ヘルタ・ミュラー、三修社、1997
チャウシェスク時代のルーマニア、ティミショアラ、1989年の独裁政権打倒デモの震源地であった土地に生きた女性教師を中心に、秘密警察と不正がまかり通る時代状況を描いたもの。
ノーベル賞受賞の報を受けて、図書館に予約し、2ヶ月待ち。
Non-judgemnetalに、評価を下したり、評論したりせずに、秘密警察が家宅捜索した痕跡を残していく日常にしみ込んでくる恐怖を描いていく。
知り得ている状況だけを忠実に描いていくと、歴史が変わる瞬間というものは、そのようなものなのだろうなと、思わされる。
山崎豊子さんの日航機の御巣鷹山事故前後を描いた『沈まぬ太陽』を読んだ時も、企業小説のようでいて、まったく違うものが描かれていることに驚いた。
ルーマニアの独裁政権時代を描きつつ、
「どうってことはないさ、気にするなよ」「気にしたってしゃあねぇ、しゃあねぇ」「どのみちどうしようもないのだから」「気にすることはない。大したことじゃないんだ。」
「気にしない、気にしない」
の日常の怖さを描き出す。訳者はあとがきに言う。「この悪の凡庸さには目がくらみそうになる。」と。
ハンナ・アーレントの喝破した世界のノベライゼーションというやつか。
発見され、描かれることで再発見された「悪の凡庸さ」は、再帰的に現代を規定するのか、それとも、わたしたちはそこから抜け出す道を、20年後のいま、見いだしているのか。ノーベル賞が再度光りを当てたことの意味は大きいね。