セックスボランティア

51-2(213) セックスボランティア
河合 香織、新潮社、2004

自分で
・セックスの相手が見つけられない
・セックスできない/介助がいる
そういう障害者の問題に、ボランティアの紹介やあるいはセックス・ワーカーの仲介をする動きが増えているらしい。
・マスターベーションの介助
・風俗などへのつきそい
・セックスの相手をボランティアでする女性
・障害者専門のセックス産業
・出張ホスト
・性行為の介助

などなど、さまざまな事例を著者がインタビューしていく中で、ひとつは、性の喜びと性がもたらしてくれる充実感、効力感というものの力を知ると同時に、人間関係や愛と切り離された性のもつ難しさ、空しさに対する悩みはついて回る。

障害者のセックス産業利用に助成金を出している海外の事例なども紹介されており、障害者の性が認められるていくのはひとつの流れだと思う。しかし、それで悩みや寂しさがなくなるわけではない。

「知的障害者と支援者の性のワークショップ」や「セクシュアリティ講座」の講師などが、理念的なところから、障害をもつ夫婦の介助などにも取り組むとというのは、すごい事例だな、と思う。夫婦関係にまで踏み込んで行くのだから。性交できるように、具体的に指導したり、訓練してみたり、演習してみたりすればするほど、「人間関係」にも踏み込んでいく。
障害者は、ごくあたりまえのことでも情報が得られていないことが多い、というのだが。とはいうものの、健常者の「知っている形」や理念から入って、そこに近づく工夫ではなく、わたしたち一人ひとりがそうであったように、相手との関係の中からふたりの関係としてのセックスを作り上げていく力をつけることが、大切なのではないかと感じた。えー、わたしだって、「おちんちんいれるのはここね」なんて、ベッドの横に立って指導してもらったことなんてないよな。実際にやるまでは、科学的に正しい、教育的実技なんてのも見たことなかったし。なんで、こんなに特別なの? 人のセックスの話なんてのも聞かないし。

指導する側って、やっぱり自分がやってみせる、のでないとね。いやだよね。それを見て、原理原則がわかったら、あとは本人が工夫する、判断する、ということだよなー。ファシリテーターも同じだな。

邪宗門だかで、「あねさん制度」みたいに、若い男性に、年上の女性が性的関係を結ぶ、なんていうアイデアもあったね。人生永いから、性も、その時、その時の関係として変化していけばいい。
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by eric-blog | 2004-08-05 10:29 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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