私には浅田先生がいた

283-2(1270)私には浅田先生がいた
康玲子、三一書房、2008

在日の歴史を知っているかいないか、学ぼうとするのか否か
指紋押捺の屈辱、外国人登録の常時携帯
本名、通名 本名を漢字で書くのか、ハングル表記を求めるのか
クリスチャンなのか、チェサ祭祀なのか
韓国料理中心なのか、否か
ハングルを学ぶか学ばないか
日本に帰化するのか、しないのか
日本文化を喜ぶのか、否か
チマチョゴリを着るのか、着ないのか
背の高いオンナの子はかわいくない
外国人の選挙権についてどう考えるのか、どう行動するのか
在日とその他の外国人は違うべきなのか
君が代を歌うのか歌わないのか、起立するのかしないのか
就学案内がくるのか、来ないのか
文学を志す母の味方をするのか、家庭を大切にしてほしいのか
・ ・・・・
「差別される側」に立つのか、「差別する側」に立つのか。
受験するのか、しないのか。それは「差別する側」のエリートになることなのではないか。

高校生という時代に、これだけの選択と価値観の葛藤にむきあい、何に向きあっているのかもわからないまま、強い感情に翻弄され、どこにもアイデンティティや共感を認めることも、一致させることもできず、孤独で、友達もいなくて・・・

そんな著者の高校時代を、日記からの記述も交えながら、ふりかえったもの。

そして、それらの「問い」に導いてくれた、見つめることを見守ってくれた、浅田先生。

いまも、自分自身と日本社会を見つめ続けている著者が、その前向きな力の根源をもらえたと感謝している浅田先生。

わたしも、友達のいないことでは人後に落ちない。「冷たい」のだ。
女であることがいやだ。だから、「女」を引き受けているオンナも嫌いだ。
「女」を押し付けて来る社会も嫌いだ。だから、全部嫌いだ。

友達なんか、できる訳ない。差別は人を分断する。分断を正当化するための言論が差別なのだ。

言葉は、人を分つ。分たれなければ、人ではいられない。
認識が、人を分つ。分たれなければ、私ではいられない。

そんなややこしい存在が、人間なのだけれど、よりややこしいのが、被差別という状況なのだよね。

著者は1956年生まれ。大学に入学したのは、わたしも同じ1975年。同時代を生きた人の、中身の濃い高校時代。

浅田修一『街と映画と松葉杖』『ことばだけではさびしすぎる』
リチャード・キム『名前を奪われて』
高史明『生きることの意味』
金鎮洪『暁を呼びさます鐘』
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by eric-blog | 2009-02-26 09:45 | ■週5プロジェクト08 | Comments(0)
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