かくたです。
2003年6月15日配信
11-13日の三日間自治体職員の研修の課題がよく見えた研修でした。
・行政の「公正さ」に対する意義の自覚が薄れている
・ビジョンがない
というのが、最大の印象です。あんなにおもしろくない「未来のシナリオ」は初めて
でした。
さて、今週は、来週の予告でお茶をにごし、来週は、一冊の本を分解して紹介するこ
とで、お茶をにごそうという。<(_ _)>
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6-5(25) 人権について−オックスフォード・アムネスティ・レクチャーズ
シュート、ハーリー編
みすず書房。1998
表題が示す通り、1993年の7つの講演記録をまとめたもの。
「人権をめぐる5つの寓話」 スティーブン・ルークス
「万民の法」 ジョン・ロールズ
「戦時の犯罪、平時の犯罪」 キャサリン・マッキノン
「人権、理性、感情」 リチャード・ローティ
「他者の権利」 ジャン=フランソワ・リオタール
「自然法の限界と邪悪のパラドックス」 アグネス・ヘラー
「多数決原理と個人の権利」 ヤン・エルスター
1993年とは、どのような時代であったのか。すでに、1998年までカバーしている2001
年発行の「世界史年表」によると、STARTII調印、ボスニア・ヘルツェゴビナ、新ユー
ゴ、ウガンダ・ルワンダ、国連ウィーン世界人権会議、ウルグアイ・ラウンド最終合
意
もちろん、1991年が湾岸戦争で、92年が地球サミットで、そして、それからちょう
ど10年たった今、わたしたちは、マルクス主義を信奉していた人達が、思い描いたよ
うに「線形的に」時代が進まなかった、ということを発見したと同様に、人権につい
ての議論も、「思い描いた」ようには進まないという挫折を味わっていると思います。
最近、読んだ上野千鶴子の「サラバ、...」で、宮台真司の時代感が紹介されていま
したが、これからの時代は、「まったりと生きる」とか、「人生は死ぬまでの暇つぶ
し」というような観念が紹介されていました。
マルクス主義でもなく、人権主義でもなく、わかりやすい主義によって時代が変遷し
ていくことはないだろうと、「歴史の終わり」を指摘したのはフランシス・フクヤマ
ですが、さまざまな混沌の中から、「自分が考える人間とは、人間の社会とは」を一
人ひとりがえらばなければならないのだなというのは思います。
1993年のこの論議から、さらに、2001年9月11日、そして、2003年アフガン攻撃、そ
してイラク攻撃を経たわたしたちの「挫折」というのは、何であったのか、ふりかえっ
て考えて見たいと思います。
そして、理論的な、インテリの挫折が、時代にどのような影響を及ぼすのか、そして、
そのようなこととは無関係に、人々が生きるということにおいて、何が「つながって
いる」のか、を考えたいと思います。
出張も重なる予定なので、それぞれの論文について、一日、というか、一本というこ
とにしていただくということで。
オーボワール、再見、アスタマターニャ。
今日は、「関係性の教育学」の会に出られなくて残念でした。どなたかぜひレポート
してください。