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環境民俗学

271-2(1217)環境民俗学 新しいフィールド学へ
山泰幸他編、昭和堂、2008
では、いったい民俗学はこれまで何を観察し、記述してきたのだろうか?
和辻が言うように、在地の共同体、社会、文化は所与の環境条件の中で、経年的に人間の営為が積み重ねてきた「風土」なのだとすれば、民俗学の記述は当然、在地の人間集団の環境との関係を描いていたはずではなかったか?
コモンズという言葉を使う学派との接点や交わりはわからないが、新たな学問分野の追加は就職先と後継者の育成のチャンスに結びつく。
が、民俗学と名乗った途端、在地の人々の、在地の人々による、在地の人々と環境のための研究という衣をまとう要請から切り離される。そして、果たしてその通りの論文が並んでいる。エキゾチックなフィールド、消え失せていきつつある環境と慣習、希少な慣行。
今ほど、私たちの在りようが研究され、変革のてこが求められている時に、新しいフィールド学は何を提供してくれるのか!?
わずかに、生活改善運動が、祭りによる共同体意識と共同体内消費および共同体的コストの引き受け慣行を破壊し、ムラにおける個人消費化傾向と個人意識の広がりに寄与したことを明らかにした研究が面白い。

ただ生活改善運動が取り組んだ「遅れた生活様式」「劣悪な生活環境」の改善そのものが民俗を破壊してきたことを民俗学者はどう総括するのだろうか?

共同体から個人意識へという時代の流れの諸アクター、ファクターの一つである生活改善運動が中央政府の政策であると同時に求められたものとして呼応関係で進められたものであることは重要な点だ。しかも、呼応したのが「若い」「嫁」たちではなかったかという推測がこの研究をもっと面白いものにするだろう。

環境問題に対するいかなる社会科学も、人々への波及の視点なしでは、新しいとは言えない。視点の再編だけを新しいとは呼べないのだ。
by eric-blog | 2008-12-09 10:36 | ■週5プロジェクト08
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