199-5(970)ストーリーの心理学 法・文学・生をむすぶ
J.ブルーナー、ミネルヴァ書房、2007 Making Stories 教育心理学の大家であるブルーナー、90歳にしての著作である。ストーリー、ナラティブ、語りというキーワードで、「直観的にわかっていること、知っていることを超える」ための何かを提供したいと、意図されている。4 ストーリーというのは、論理や科学と違うのだとして、著者は以下のストーリーの人間社会にとっての意味を整理する。 法的ナラティブ 二つの対立するナラティブの間に公正で合法的な評決を言い渡し、復讐のサイクルへと突き進む危険を取り除く方法として進化した。 もっとも事実に近いところにありながら、対立的。目的的であり、社会的な手続きにもとづいて行われる。 臨床的ナラティブ 心的生活についての相談によって共同的に確認されるストーリー。(訳者によって膨らませられている) 自己ナラティブ 想起する自己、想起される自己についての自己内対話的、探索と再構成による自己活性化、アイデンティティ深化に資するもの。 文学的ナラティブ 独自的であり、もっとも想像性、開放性、自由性、創造的で個人的である 虚構性がありながら迫真性を保ち、創造的世界の魅力があるもの。 科学をナラティブから切り離すのが、残念。藤垣による「ジャーナル集団」には「科学的ナラティブ」というストーリーが展開しているように思う。 「自己についてのストーリーとは何なのか」という問いに対して、著者はUlric Neisserの著書(1988,1993,1994,1997)を引きながら以下のようにまとめている。 94-95 1. 自己とは目的論的で動作主的であり、欲求と意図と抱負で満ち、果てしなく目標を追い求める。 2. その結果、自己は障壁に敏感である。それが現実であろうと、想像上のものであろうと。この成否に敏感であり、不確かな結果を扱うとに不安を感じる。 3. 判断された成功や失敗には、要求や野心を部分的に変化させたり、準拠集団を代えることで対処する。 4. 自己は、その過去を、現在および、期待される未来に適合させるために選択的想起に頼っている。 5. 自己は、自己自身を判断するより所となる文化的基準をもたらす「準拠集団」や「意味ある他者」を志向する。 6. 自己は、所有欲と拡張性に富み、信念、価値観、忠誠心、さらには物さえも自己自身の同一性の視点から採点していく。 7. しかし、自己はその連続性を失うことなく、これらの価値観や所有物を、環境からの要請に応じて捨てることができるらしい。 8. 自己はその内容と活動を著しく変換させるにもかかわらず、時間や環境を越えて経験に基づく連続性を持つ。 9. 自己は世界の中で自身がどこに、誰といるのかに敏感である。 10. 自己は自己自身を説明しなければならず、時には言葉によって定式化する責任があり、言葉が見つからぬ時には不安になる。 11. 自己は気分屋で、感情的で、不安定で、状況に敏感である。 12. 自己は高度に発達した心理的手順を通して、不一致や矛盾を避けることで、一貫性を求め、守っている。 Dan Slobin(2000)からの引用「ある見方をとらなければ、誰も経験を言語化できない。・・・言語は特定の見方を用いる・・・話したり書いたりする過程において、言語というフィルターを通すことにより、経験が言語化される事象として成立する」 自己性は「言語化された事象」の一つ。 身体性にこそ個性があるのだという養老さんなどは、これを「バカの壁」と言うのではないだろうか。経験の大本となっているからだについての考察なしで、言語を発することのできるナラティブな人間という存在、そして、そのナラティブにストーリーを与えるわたしとわたしを含む言語共有集団の存在だけで、物事を考えるのは危うい。 この本に触発されてジェームズ・ジョイスの『ダブリンの市民』を読んでみた。英雄譚でもなく、王国の物語でもなく、市井の人に焦点を当てたストーリーテリングの始まりと位置づけられているのであろうジョイスの物語には、「痛ましい事件」の小話のように、言語化がなければなかったような、生の意味の捉えなおしが、確かにある。見かけは同じ日常の中に。
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| 2007-10-06 09:47
| ■週5プロジェクト07
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