ジハード対マックワールド 市民社会の夢は終わったのか

193-4(930) ジハード対マックワールド 市民社会の夢は終わったのか
ベンジャミン・バーバー、三田出版会、1997
Jihad vs Mc World, 1995

Vs対と表現してはいるが著者が描き出そうとしているのは、ジハードとマックワ
ールドの二つの力が働くパラドキシカルな状況だ。その状況で挑戦されているのは国
民国家である。

搾取的なグローバル商業主義と排他的な自己中心主義

ジレンマというのは、より統合が進むと部族主義的小集団へと分裂が加速すると
いう点だと著者は言う。

その分析は面白いのだが、「ジハード」という言葉の使い方に、マックワールド
という言葉以上に違和感を感じてしまう。

著者はジハードを「他人」を大量虐殺することを至高の義務と考えている、独断
的で暴力的な排他主義を意味する好戦的な概念として使っている。021

マックワールドは
・普遍的で
・効率的
・サービスの提供
などの面もあるとされるが、ジハードのよい面というのは検討されない。そして
、全編を通じて

資本主義は民主主義を必要としない。荒々しい資本主義を民主主義はどのように
飼いならすことができるのか。民族主義、自民族中心主義への閉じこもりへの誘惑を
、市民はどのように打ち勝ち、地球市民性を培うことができるのか。

著者の市民社会構築への願いはわかるが、著者自身の「ジハード」=宗教原理主義
による近代の否定という定義によって、ジハードそのものを分析することには成功
していない。

マックワールドの中で、伝統的な価値観や共同体などがどのように苦しんでいる
かは描かれているが、それらをジハードと呼んでしまうことは、マックワールドに対
するための麻薬のようなものだ。そのような「力」こそが暴力を呼んでいるのだから


ということで、この本はマックワールドの暴力を描いた本です。そういう意味で
は、ノーロゴ・ブランドなんか要らないが大企業に焦点をあてていたのに対し、本書
は、政治がマックワールドとどう関わっているかに焦点をあてている。

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by eric-blog | 2007-08-01 19:36 | ■週5プロジェクト07 | Comments(0)
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