魚群記 目取真俊短編小説選集1

魚群記 目取真俊短編小説選集1

目取真俊、影書房、2013

2767冊目


「平和通りと名付けられた街を歩いて」

17日」


今日、巣鴨地蔵通りに日の丸が掲げられていることに気づいた。

巣鴨四丁目郵便局には国旗掲揚台が新設された。こういう金はあるんだなと思った。


皇太子が全国献血大会に出席するために沖縄を訪ねた時、歓迎のためにと配られた日の丸の小旗を投げ捨てた人がいる。気ぐるいのおばあが道行く黒塗りの車に糞を塗りたくる。


小説には描かれたそのような違和感、拒絶など、聞こえないかのように、本土で国旗掲揚の日々と機会と場所場所は増えていく。


その違和感が始まったのは、1970年代ではなかったか。


年号法が通った時、違和感があった。自分自身は西暦で書き続けた。しかし、今や、教育関係の仕事をしている私が提出する書類は全て和暦だ。今の天皇が生前退位したら、多分平成30年ごろのことだろうが、また別の年号になるのだろう。ややこしいことこの上ない。そのようにして、人の記憶の連続性に混乱を持ち込んでいる。長い目で見ることが邪魔臭くなる。日本社会が強いるリテラシーの一つだ。


いまや、日本共産党新聞である赤旗にも和暦が記されている。


国旗国歌法が通った時も、違和感があった。強制はしないと国会答弁は繰り返したのに、東京都では不起立処分があった。教育関係の仕事をしている私は卒業式に出た時、不起立を実践するのにドキドキした。以来、卒業式には出ないという選択をしているが、それは私が非常勤だから許される自由の空気だ。何を代償にしているかは明らかだ。


青年の家の朝の集会で国旗掲揚がされているのに、違和感を感じたのはいつのことだったか。講師であった私は、まだ自由の空気をまとい得ていた。


自由ではあるが、意思決定や他の人々に及んでいる強制を止めたり、有効な異議申し立てなどには繋がらない程度の自己表現でしかない。


図書館の諸書式の日付欄をいちいち西暦に書き換えることも長らく滞っている。西暦と和暦の両方を覚えるのも上手くなった。


そして今年も428日がやってくる。


小説に書かれるほどの事件にもならない抵抗と違和感が、国旗国歌法のブルドーザーの前に、土にめり込んでいく。タネにすらなることなく。


ウーーーーーーーー。



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by eric-blog | 2017-04-20 11:45 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
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