原発と大津波 警告を葬った人々

原発と大津波 警告を葬った人々

添田孝史、岩波新書、2014

2764冊目


熊本一規さんホームページより

「でも、大学という世界は、基本的にごますりが残るような仕組みになっていますから、行政に批判的な研究者が出てくることは望めません。」

http://www.meijigakuin.ac.jp/~kumamoto/profile.html


ま、大学というところがそうなのだから、専門家というのがどういうものか、わかるというものだが。


この本のことを知らなかった。朝日新聞社。科学部などを経て、2011年に退社。現在サイエンスライターとして活躍。東電の事故については国会事故調の協力調査員として津波分野を担当。


一読して、御用学者としてうまく使われた首藤伸夫さん、阿部勝征さん、その他、著者の取材に応じてくれた研究者の人々がいる一方で、「東電が」とか「事務局が」とか、正体不明な集合体から文章が出てきたり、訂正修正を求められたり、交渉されたり、無害化する文章が付け加えられたりすることが、あまりにも多いのだ。


名無しの人などいない。


にもかかわらず、名前のない事務局、名前の特定されない東電、などが蠢く。


専門家が言わんとするところの意味を理解した上で、それを無効化するような修正をすることができる実力の持ち主たちが、電事連やら東電にはいるということ。そして電力会社の利益の方向に誘導することを厭わない人々が、個別名前を挙げられている専門家の数倍、数十倍は存在するということである。


彼らに良心がなければ、今後、どれほど委員会を作り、第三者が評価し、査定し、点検しても、物事は改善されないだろう。


それは学問的不誠実さなどという個人プレーのレベルの問題ではないのだ。


集合的作為。


集合的サイエンティフィック不誠実さ。サイエンスを外れないギリギリのラインを狙っているところも不気味だ。首藤さんなどをいいように操って、自分たちに都合のいい結論を言わせている。


conscience 良心 ではなく、conspiracy

あるいはcon men 詐欺師。


この集合的作為科学による予防策不作為。


もっといやらしい造語で罵倒してやりたいところだが、誰だ? この人たち?


その姿は、この本でも見出せない。一人や二人の委員の資質なんてどうでもいいのだ。島崎邦彦さんがイライラしたって、連中は今も変わらないのだ。

早々に交代させられちゃうし。

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3740.html


科学は確かに様々な個人の力で進んでいく。しかし、Science Technology Society STSは集合的なのだ。集合的なSTSの質をどう上げることができるか、それが課題なのだと思うのだが。添田さん、そういうことも暴いてよ。


この本には悪人は出てこない。悪の凡庸さ? 悪の経済性? 悪の利益誘導?


そんなシナリオの演劇を見たことがあるなあ。

あ、731部隊を取り上げたやつだ。あそこでは、明らかに実験を進める側の「所長」という存在があったがなあ。

http://ericweblog.exblog.jp/21840869/




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by eric-blog | 2017-04-18 17:34 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
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