吉村昭が伝えたかったこと

吉村昭が伝えたかったこと

文藝春秋編、文春文庫、2013

2904冊目


吉村昭といえば『破船』の衝撃が忘れられない。隔絶された地域社会の生き方と、自分たちが生き残りたいと願う地域共同体とが「船」を介して出会う。

いずれもひっそりと結末を迎えていくのだが、赤い魔除けの衣装が船底に横たわっているシーンは、見てきたかのようだ。


吉村氏は『関東大震災』についても『三陸海岸大津波』についても書いていることを、この本で知った。さぞかし、綿密な取材と描写があるのだろうなあと思う。


特集の最初に吉村さん自身が平成9年に行った講演録。宮古市。

「作家生活の原点、三陸で語った史実へのこだわり」。


もう本当に、驚くのだが、ここで語られていたのが江戸時代、元禄。

江戸幕府が始まった時、公共投資のために重税であったのだが、元禄年間になって道路網などの整備が完成し、税金が安くなった。そのことで民間に金が流れ、あの文化花開く時代があったと、言うのだ。そして、吉村さんは、今は平成の元禄をむかえているのではないと、これからの変化が楽しみだと言ったのだ。56


いいじゃんかあ。公共投資を削減して、社会保障費還元率を高め、民需を刺激する。株で儲けたって、生活は豊かにならない。株の儲けは金融投資に向かうだけだから。


石井光太は「美談を戒める」で、日本人が災害の時に秩序正しい行動を取ることを美談のように信じているが、吉村が書いた『関東大震災』の凄絶な朝鮮人大虐殺を思い出せという。


「吉村の分析によれば、こうした虐殺が起きた背景には、日本人が潜在的に抱いていた「一種の罪の意識」があるという。・・・朝鮮人を踏み台にすることで国の近代化を支えてきたのである。そのため、日本人の多くは朝鮮人に対して罪の意識を抱き、自分たちが恨まれていることを薄々察していた。いつか朝鮮人たちが反発して反旗を翻すのではないかという不安があったのだ。」140


東日本大震災の時の中国人窃盗団説。


関東大震災で発生した難民は130万人とも言われる。

死者10万人。時は9月、まだ残暑も厳しい時だっただけに、遺体の処理が急がれた。日当を出して避難民を雇おうとしたが失敗。結局は軍隊や警察、公務員が当たることに。145


必ず自然災害が起こる国。
備えはできているのか? と吉村は問うていると、石井さんはいう。

[PR]
by eric-blog | 2017-10-17 11:04 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
<< CHAVS The Demon... We 2017年10月11月号 >>