検証 防空法 空襲下で禁じられた避難

検証 防空法 空襲下で禁じられた避難

水島朝穂・大前治、法律文化社、2014

2885冊目


人心同様、逃避的気運を醸成させるな。138


どこまでも人心を操るのが総力戦。自分たちが狙われているわけでもないのに避難訓練を易々諾々とやってしまう。そんなことで自分自身の身を守ることなどできないことを知るべきだ。


空襲に立ち向かうことで、何を得たのか?


「軍は国家を守るのであって、住民を守らない。」80


19454月、3月の東京大空襲の翌月政府が決定したことは、「・・・以外の者の疎開は当分の間認めざること」。つまり最後まで逃げるな。78


そして、五人組的相互監視体制となっていた自治会組織などが、その意思を末端まで徹底する。


なんだか、放射線被害を低く見せるような言い方だか、こんな風に言っている。

「陸軍中佐難波三十四 (4000発の焼夷弾が投下された場合) 一回で3500人とか1700人に一人が死ぬだけだ。」43


防空法 1937年成立。

国民に防空義務。訓練の強制。


そこから、隣組の組織化。

さらに、町会台帳による配給制との連動。


命を投げ出して国を守ること。1941年「隣組 家庭防空必携」。50


その中でも国は嘘をついている。「焼夷弾は消せる」と。86


専門家は消せないことを知っていた。非科学的。90


宣伝を流し込む。117


この防空法制研究が、大阪空襲訴訟を切り開いた。2008年。


名古屋大空襲訴訟 1976

東京大空襲訴訟 2007

沖縄戦被害国家賠償訴訟 2012


兵士が戦死した場合の補償に対して、民間人は顧みられて来なかったのだが、防空法を読む限り、国民も兵士と同様に国家を守る義務を課されていたのであり、であるならば、兵士との違いはどこにあるのかということが、おかしいということになるよね。



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by eric-blog | 2017-09-21 12:33 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
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