靖国神社が消える日
宮澤佳廣、小学館、2017
2882冊目
1958年生まれ、國學院大学文学部神道学科、湊川神社、神社本庁、平成18年(2006年)から靖国神社、平成29年(2017年)6月末退職。
この長い年月、私とは全くことなる経験、環境、テーマ、行動で行きて来た人が書いている回想録のようなものを読み解くのはとても大変だ。読んでも読んでもわからない。
これまで本を読めていたことが不思議に思えるほど、何を言っているのか、何を言いたいのかがわからない。
靖国神社が、時々の政争の具となって来たことに関して、様々な思惑や動きがあることは当然だろう。そして、何よりも靖国神社も一枚岩ではないことも。政治的になればなるほど、秘密裏にことが運ばれるようにもなっていく。
基本として、著者は「靖国は平和を祈願する神社として設立されたものであり、決して戦争賛美ではない」という。
昭和38年に「靖国神社国家護持要項」によって三原則が日本遺族会との間で合意された。212
・名称の存続
・特性の保持 (由緒、伝統、行事、)
・合祀の決定(合祀の範囲および基準は国が公に之を定め、天皇に上奏の上決定すること)
靖国神社に祀られているのは明治以降に「国家防衛という公務のために死んだ人々」である。246万6000余。206
それに対して明治維新の時の賊軍も合祀しようという動きがあった。それは「徳川の逆襲」?
それによって靖国の公共性が失われるのではないかと、著者は危惧する。
その張本人、德川宮司を後押ししているのは亀井静香ら。らしい。
昭和天皇がA級戦犯合祀以来、参拝しないのも、自分の戦争責任を身代わりに引き受けた人が国家のために死んだということは、大きな矛盾を孕むから出し、どのツラ下げて彼らの前に出たらいいか、わからないからなんじゃなかろうか?
色々色々色々、憶測、検証、物言いはあるだろうけれど。
疲れる文章だなあ。こころ穏やかに英霊に感謝を、そして未来に平和を祈る場所になんかであるのだろうか? いままで、一度も足を踏み入れたことのないものとして、何が気になるのか、整理しないといけないなあ。
2017年9月17日 東京新聞 書評欄より