コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれる時

コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれる時

金水敏、岩波書店、2014

2749冊目


孫が「くれて」と言う。その他にも、外国人特有の言い間違いを5歳の子どもがするという法則性に驚いたものだ。


そう、外国人の言い間違いには法則性がある。


その法則性が、どこからなぜ生まれたかについて、この本が答えているとは思えない。ただ、日本文学、番組、映画などの表現の中に、どのように異人ことばが使われているかについて、明治時代から現代まで、幅広く事例が紹介されている。

ああ、そうだそうだと思い起こせば、ひょっこりひょうたん島にも中華系の人が出てくるのだ。そして、なぜその登場人物が「中国人」に拘るのかという判断の根拠が、その台詞回しにあったことは疑いない。

009006も有名だし、のらくろだって・・・


一つの傾向としては戦前は「怪しい、人を騙す外国人中年男性」の記号としての訛りであったものが、現代に至って、美少女、舌足らずの幼児性や可愛さの記号になってきたというところか。(後者がバカにしていないとはとても思えないが)


しかし、法則性があることは事実なのだ。


~~ある、あるよ という語尾。「是」に変わるものとして使っているのか?

○「どした?」「わかた」 のように長母音を短く言う、促音を省略する。これはその音が母語にないからか?

○助詞の脱落「これ、飲むあるね」 これは中国語が語順の言語であるためだろう。

○語尾、文末の助動詞「だ」などが省略される、あるいは乏しい。動詞が原型で使われる。

○強調のために言葉が繰り返される。 これは中国語の表現がそうだからなあ。


p.72参照。


うーーん、日本語研究者の限界かあ。でもなあ。ちょっとぐらい中国語学ぶとか研究協力するとかしたらどうだ?


コレモ研究者アルカ?



[PR]
by eric-blog | 2017-04-06 13:07 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
<< クリフォード訪琉日記 もうひと... PRIME「特集 国境・国籍の... >>