言葉から社会を考える この時代に<他者>とどう向き合うか

言葉から社会を考える この時代に<他者>とどう向き合うか

東京外国語大学言語文化学部、白水社、2016

2728冊目


東京外国語大学で専攻可能な27の言語について、それぞれの教員が書いた随筆集。その言語の今や学習のどうき、言語の変容などが紹介されている。


一読しつつ、言語は「より簡単に合理的に変化する」中で、民族言語の文字の復活や母語教室など、維持する努力も続けられている。


『ヒトはいかにして人となったか言語と脳の共進化』

テレンス W. ディーコン、金子隆芳訳、新曜社、1999

http://ericweblog.exblog.jp/746537/


は、「幼い脳が乗っ取られやすい言語が生き残る」と指摘されている。


多くの言語が消滅していく中で、均質化と多様性がせめぎあっている。


人権教育をやっていると、教育そのものが、そして差別抑圧を回避しようとすることが、排除する言葉や言い回しがあることを思う。その言葉の使用者にとっては、その否定そのものが抑圧のようにも受け取られるであろうことも、思う。


しかし、『援助者の思想』を読んでいると、まだまだ表現しきれない、主流派に取り込まれてしまっている思いや存在があると確信する。


今の社会が持っている文化的ブルドーザーは、地表にあるものを暴力的に地ならししていくだけでなく、その重みで土を踏み固めることで、土の中からの芽生やモヤモヤした存在をも押し潰しているように思う。


ここに書かれた27の言語は、まだマシな方なのだ。


識字とは何か。


言語を知っている。自分の母語ではない場合もある。

文字を学んだし、読み書きできる。

BICsレベルだけでなく、CALPレベルまでの言語流暢性がある。


などいくつかの指標があると思う。


識字率とは何か。すら、難しい問題なのだよね。



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by eric-blog | 2017-03-16 17:13 | □週5プロジェクト16 | Comments(0)
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