日本は朝鮮で何を教えたか

日本は朝鮮で何を教えたか

旗田巍、あゆみ出版、1987

2727冊目


1985年にあゆみ出版から朝鮮総督府が出した教科書が全て復刻されたことを記念して、19851124日、成城大学において「幻の教科書の行方」というシンポジウムが開かれ、そしてその報告を中心に、そして復刻版の翻訳も含める形でこの本が作られた。


最近、東京都北区に東書文庫という教科書図書館があることを初めて知り、何回か利用した。戦前戦中のものも揃っており、機会があれば、ぜひ、実物を手にとって見てほしい。


わたしは習字の教科書を中心につ閲覧したのだが、植民地支配時代の教科書ではハングルが出てくるのは最後の最後だ。


日本国内においても皇民化教育が徹底されていくのは国民学校においてであるが、植民地においても1943年から皇民化、つまり、学校が軍事目的に使われる傾向が強まった。


学徒動員と軍隊の下請け教育の実践である。104


植民地においては日本語しか話せない教員を採用し、児童生徒に日本語を覚える圧力を強くかけている。


1910年明治43年から1945年までの36年間。1911年に出された朝鮮教育令によって「皇室を崇敬すること」を旨として制定される。65



私立学校に対しても規制を厳しくし、結果、民族教育を不可能にし、寺子屋教育(書堂)も大正7年の書堂規則により制約していく。



同時に、日本が持ち込む教育を「文明教育」として、それまでの伝統的な教育に対して優位性があることを強調する。「天子の恩沢を蒙らしめて文明の民とする」。朝鮮の歴史については、大国に脅かされる地政学的位置にあり、独立が難しいと断定し、日本が併合することを合理化。


三年で朝鮮人の子供を日本人の子供と同じにするという目標を掲げた。


しかし、日本の子供になっても、日本人に対する恭順と序列は明らかであった。


このような教育政策によって何が残されたか。


日本人の朝鮮人に対する差別意識であったと、報告書は指摘する。




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by eric-blog | 2017-03-16 16:35 | ■週5プロジェクト16 | Comments(0)
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