カルト村で生まれました。

カルト村で生まれました。

高田かや、文藝春秋、2016

2814冊目


とある農業法人(ヤマギシ会らしいが)は、私有財産を寄付して参加、集団生活をする団体であるが、そこに生まれた二世の体験を書いたもの。「カルト村」というネーミングは出版社の編集者による。これまでのところ、会からその問題で問題提起をされたことはない。


本書の中にも描かれるが、ヤマギシ会については、残された親族らからの問題提起、そして加入はしたけれど脱退した人々からの問題提起によって社会問題がすでに1959年から起こっている。


「ヤマギシズム学園」が設立されたのは1985年。

http://www.weblio.jp/wkpja/content/幸福会ヤマギシ会_トラブル・事件


子どもは、親から離されて「世話係」の元で育てられる。学校は、義務教育では地元の学校に通うので、「一般」との接点はそこにある。が、交流は禁止、集団行動をしているので、一般の友達はできない。


1994年には反対運動が起こり、その影響についてはこの本の中でも「村はこの時期急速に規模を広げ、その後まただんだんと縮小していくのだが、子供の私はただ村の中で変化があるたびに影響され流され巻き込まれていくだけだった。」129と表現されている。


一読して、「フクシマの子ども」たちが巻きこまれて生きている状況にも、どこか共通するところがあるのだろうなあと、思ってしまった。



■続編は『さよなら、カルト村』


理念としての無所有、育ちあいが悪ではないだろうが、それを「カルト」と表現してしまうのは、その実践を貫く姿勢と力が、させまいとする一般からの圧力に抗して強いからなのだろうなあ。



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by eric-blog | 2017-06-16 13:14 | □週5プロジェクト17 | Comments(0)
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