美味しんぼ「鼻血問題」に答える
雁屋哲、遊幻舎、2015
2333冊目
渾身の出版である。美味しんぼを連載していたスピリッツの事務局は、「福島の真実」2の発表と同時に、事務局機能がまひするほどの抗議の電話にさらされたという。これまでも、食の問題について、勇気ある発言、率直な問題提起をしてきた著者が、驚くほどの勢いだったというのだ。
そして、ブックデザインのまったくない、真っ白な体裁。自分以外の誰をも、これ以上巻き込みたくないという著者の意志の現れだ。頭が下がる。
著者は、東京大学教養学部で量子力学を専攻している。専門家ではない自分が、放射線医学や原子力発電の問題についての専門性について、多くの取材と文献を調査した結論だ。という。
結論は、「福島の人たちよ、福島から逃げる勇気を持ってください」に尽きる。
行政や日本政府は、自己保身、自治体の存続しか頭にないのだと。
涙なしでは読めないレポートだ。
著者は、「日本各県めぐり」のシリーズを、『美味しんぼ』の中で取り上げており、福島や東日本大震災の襲った地域も、すでに何度も取材を重ねている地域だというのだ。
最初のシリーズが大分県だったことをよく覚えている。
そんな著者だからこそ、「原子力ムラ」と呼ぶことを拒否するという。日本のムラを穢したくないという思いもあるからだ。
原子力産業利権集団=ゲ集団。
この本は、そのゲ集団との戦いの狼煙である。宣戦布告をしたのは彼ら。どこまで人を馬鹿にした連中であることか。
2014年8月25日、東京電力は毎日80億ベクレルの放射性物質が福島原発から海に流れていることを発表した。
9月7日には、2014年5月までの10ヶ月間に、福島第一原発の港湾内に出たストロンチウム90とセシウム137が計約2兆ベクレルに上る可能性が高いことが、自らの資料でわかったと発表。105
その他、なんともやりきれないのは、著者による漁業者に対する取材である。
海上保安庁がみまわりに来るのだそうだ。出漁するんじゃないだろうなと。
しかし、そのことは、まったく報道されることはない。ネットを探しても、どこからも出てこない。これでは、著者の言うことを跡づけすることすら、できない。現場を歩いた人の強みであるが、ここまで情報が出ていないとなると、なんどでも攻撃されるよね。
一体どういう超法規的手段で禁漁しているのだろうか?
わけわからん。
さらには、それらの汚染魚は、禁漁されている港にはあがらなくても、どこかで水揚げされているかもしれないねぇ。こんなに「秘密のベール」で包まれていては、信じることがむなしいだけだ。
著者が暴いているのは、秘密主義。国民には都合の悪いことは知らせない。そして、まともな調査は何もしていない国の姿勢である。
そんな中で、医者たちの論文だけが積み上がって行くのだろうなあ。あの「福島の医者は、それだけで、有名になれるんですよ」と言った山下さんの言葉が忘れられない。