ERIC News 409号 より 「ESDについて考える」

ERIC News409 ESDツリーニュース(環境教育ニュース)第92号 2014年10月27日
  担当 梅村 松秀

1.日本学術会議提言「持続可能な未来のための教育と人材育成の推進に向けて」を
 読む(2) 
 前91号で、学術会議による「持続可能な未来のための教育と人材育成の推進に向け
て」提言(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t199-1.pdf)。
生涯学習部分に関する記述に注目しての紹介を記しました。今回、初等・中等教育
部分についての紹介とコメントをしてみます。

 「作成の背景」に示される本題への認識を確認しておきます。
「成長の限界」提起から40年、地球環境研究が本格化して30年、地球環境問題は更
なる深刻化にある。こうしたなかICSU 、ISSCなどが主導するフューチャー・アース
構想において、多様なステークホルダーとの超学際的な協働を通しての取り組み、
そのための持続可能な未来の実現に向けた教育と人材育成の改善・強化が示されて
いる。「それは地球環境と世界の理解に直接関わる分野の教育(=地球環境教育)
はもとより、より広い自然科学・人文社会科学教育の再構築を目指すものである」
こと、そのために「持続可能な未来のための教育と人材育成は、環境教育の改善と
普及なくしてはなしえないであろう」と、具体的に環境教育と人材育成の改善に
焦点があることが示唆されます。
 
初等・中等教育の現状と問題点
 最初に、日本の教育の理念が示されるものとしての学習指導要領における「生きる
力」、2013年「第2期教育基本計画」に示される「多様で変化の激しい社会」の中で
の「社会を生き抜く力」という方向性に沿っての「新たな持続可能な未来のための
カリキュラム開発」が求められているという基本的認識が示されます。
 この基本的認識のもと、1.持続可能な未来を考えるための知識や技能の習得と問題
解決能力 2.ユネスコスクールと大学 3.優れた才能や個性を有する生徒、3つの側
面についての分析が示されますが、ここでは1.の「持続可能な未来を考えるための
知識や技能の習得と問題解決能力の育成」に焦点を当てます。

 具体的には、本提言全体のトーンをなす地球環境問題、そして「多様で変化の激し
い社会」という認識を背景としながら、まず「多様で変化の激しい社会」を生きる力
に求められるのは「現在の状況をしっかり把握し、それらのデータや根拠に基づいて
未来を考える力」であるとし、教科学習、総合的な学習の時間、そしてカリキュラム
全体を通しての課題が次のように示されます。

 教科学習は、「現在ならびに過去の知識が主な学習内容となるが、その習得に
とどまらず、未来対応型の能力を育成することを重視」しての指導改善が求められる
こと。「総合的な学習の時間」は、「本来優れて未来対応を志向した学習」である
はずが、「その趣旨や理念は…達成されて」いないとして、「子ども一人ひとりの
未来対応型の能力を育成する時間として明確に位置付け」られるべきにも関わらず、
現実はそうなっていないという認識が示されます。
 それでは、どうあるべきかとして例示されるのが、東日本大震災に示される日本
の自然・環境の特徴、それにもとづいての歴史的に構築されてきた自然観・環境観
がカリキュラムに反映されることであると言います。

初等・中等教育の再構築に向けての提言
 まず「持続可能な未来のための教育と人材育成」を推進するにあたっての全体
提言として示されることに注目しておきます。。
 すなわち持続可能性の概念そのものが多様な側面、多様なステークホルダー、世
代間の問題など、複雑性の中で物事を考える能力を養うこと、さらに地域社会との
協働、環境のみならず、社会・経済的側面を含む学びが必要である、との基本的認
識のもと、どのような側面と課題を扱うか、対象者の発達段階によって異なるとし
て、初等・中等段階においては「抽象度が高い内容は必ずしも適切ではなく、身近
な地域の問題から持続可能性を考える方法が有効で、その中で他者との関わりを学
ぶことが重要である」として、初等・中等教育段階では、身近な地域の持続性に焦
点化することを提起します。
 
 学習内容と方法についてみましょう。
 教科学習としては、現状と問題点に示されたこと、すなわち、変化の激しい社会と
環境の下で、それらを理解するための知識や技能の習得をとおして問題解決に取り
組み、行動するための基礎力の育成を図ること、かつ学習プロセスの明確化を図る
ことが持続的な未来を考えるための基礎となる科学的な見方や考え方をもった市民の
育成につながるものとの認識が示されます。そして、社会科地理と理科学習における
学習プロセスの明確化をねらいとした実践事例を評価しています。

 環境教育の改善と普及という課題については、学術会議提言「高等教育における
環境教育の充実に向けて」(2011年)に示された環境教育への提言、「日本独自の
自然観を踏まえた『生活知』とグローバルな学術的取組成果からの『科学知』との
統合を図りながら展開すべきである」が、東日本大震災を経た今、新たな学びの形を
示唆することになったといいます。すなわち「環境との相互交渉を通して学ぶ」と
いう視点が、環境に働きかける体験、環境を感受する体験を通して教育の本質的価値
である人間形成を行うことができるという気づきをもたらし、まさに教育基本法に
示される「人格の完成」につながるものと評価されます。そのことは「日本の伝統的
自然観・環境観と科学的英知を基盤とした人間と環境の共生を目指し、環境に働き
かける体験や環境を感受する体験を通した人間形成のカリキュラム開発」の重要性
をも示すことであるといいます。

 「総合的な学習の時間」については、教科学習と密接に関係づけ、持続可能な未来
を考えるための探求的・応用的な能力の育成を図るとともに、知識・技能の習得、
能力形成において、積極的なICTの活用を提言します。

若干のコメント
 以上、初等・中等段階における「持続的な未来のための教育」に対する現状と展望
に関する記述からの読み取りにもとづいて、若干のコメントを記します。

 私にとって「持続可能な未来のための教育」を考える際の基本的文献の一つは、
教員研修用マルチメディアプログラムとしてユネスコによりまとめられた『持続可能
な未来のための学習』(2002)です。今回の学術会議提言をユネスコのテキストに
対応してみると、第4章「持続可能な未来のための教育の際方向付け」に相当する
テーマのようにも思われ、それがゆえに「持続的な未来」とか、「持続的な未来の
ための教育」の概念を、あらためて問うことなく、ESDの10年をふりかえっての現実、
それを踏まえての展望を示すことに焦点化していることに本提言の特徴があるように
思いました。

 ESDの10年を踏まえて、次への展望に結び付けようとするとき、教科学習と持続的な
未来との関わりが、依然として過去と現在の事実認識にとどまっていること。総合的
な学習の時間のテーマと環境との関わり、そして環境教育の改善と普及への取り組み
の不十分さなどへの認識が示されました。それをもとに初等・中等教育段階において
は、基礎的な知識や技能の学び、そして学びのプロセスを明確化すること、総合的な
学習の時間の位置づけについての再認識、歴史的に構築された日本の自然観・環境観
への注目の重要性など、本提言の範囲とする限られたテーマへの取り組みとして納得
できるものでしょう。また、東日本大震災を契機としての、日本の地質的特徴を踏ま
えての知の集積にたいする再認識の重要性も示唆に富むものです。また、初等・中等
教育段階において、変化の激しい社会と環境のもとでの知識、技能の習得にあたって、
学習プロセスの明確化を提起したことも共感できることでした。蛇足ながら、社会科
地理学習における学習プロセス論として、提示された文献作成者は、かつて国際理解
教育センターの勉強会で議論し合った仲間であり共感するところ多々でした。

 疑問点をいくつか記します。
 ユネスコのテキストにおいて、持続的な未来のための環境は、自然的、経済的、社会
的、政治的のたがいに切っても切れない関係にある四つの側面が互いに絡み合うよう
につながったダイアグラム(開発コンパス)として提示されます。そのことは環境
問題を自然的な側面だけでなく、社会的、経済的、政治的な観点を合わせ見ることを
示唆します。かつ四つの側面は、それぞれ保全、適正な開発、平和、公正と人権、民主
主義というテーマとしてとらえられることをも示します。さらに付け加えれば、環境
を複合的な側面としてとらえることは、システム的な考え方をすることであることも
記されます。今回の学術会議提言は、全く異なる次元での問題の立て方をしています。

 ESDについて私が関わってきた社会科地理教育という限られた範囲での見聞において、
日本のESDへの取り組み事例に、開発コンパスの視点に基づいての研究報告はきわめて
限られたものにとどまっていました。事例報告の多くは問題解決型のテーマとその展開
に関わるものでした。今回の学術会議提言においても、持続的未来ということへの視野
は、地球規模では温暖化に象徴される地球環境問題への取り組みであり、日本という
ローカルな範囲では、日本の地質的特徴と歴史的に形成された環境観との調和を図る
ことという、限られたテーマと、その問題解決への取り組みに焦点化されていること
に、ユネスコ提言との違いを再認識売るとともに、その違いに対する論議がされない
ことが不思議でなりません。今回、読み取りの対象には入れませんでしたが、国内の
ユネスコ提携スクールなどでは、論議されているかもしれませんが、残念ながら情報
を得ることができないままきてます。
 
 初等・中等段階での学習内容と高等教育段階でのそれとの区分けを提示することに
ついても疑問が残ります。学習方法を表すキーワードとしての「参加型学習」を最初
に紹介したのは、おそらくERIC国際理解教育センターが刊行した『ワールド・スタ
ディーズ~学び方・教え方ハンドブック』(1991)でした。その最初の章は、「世界
は相互に依存する」という見出しで、子どもたちの毎日が世界とのつながりで始まる
ことに注目すべきことを提起してました。初等・中等教育段階での持続的な未来への
取り組みについて提言は、身近な地域に焦点化することとしました。しかしながら、
私自身、地元の河川敷保全活動に関わる中で、外来種の問題など世界とのつながりを
抜きにして環境学習は成り立ちません。世界的なテーマは発達段階をふまえて高等
教育段階に位置づけるという提言に、違和感を感ずるのは私だけでしょうか。

 もうひとつ、システム・アプローチに関する問題があります。ご承知のように
PLTプログラムは、構成する5つの概念のひとつにシステムを位置づけています。
今回、別項で紹介するアクティビティも、システムの概念を展開するアクティビティ
として位置付けられています。システム的な考え方の習得について、アメリカの場合、
中等教育段階を終えるまで習得すべき内容を記した「すべてのアメリカ人のための
科学」(1989)にシステムの概念が明記されています。また世界の地理教育関係者
によって作成された地理教育国際憲章(1992)においてもシステム的アプローチの
位置づけが明記されます。ドイツの中等地理教育段階においては、システム・アプ
ローチを取り入れた学習内容に変わりつつあることを聞いています。
 提言は、「作成の背景」において「より広い自然科学・社会科学教育の再構築を
目指すもの」と記します。であるなら、初等・中等教育の再構築にあたり、包括的
な探求の重要性を認識するものとしてのシステム・アプローチに言及しないことも
疑問が残るところです。
 さらに大きな問題として初等・中等教育段階に関わる「人材育成」の課題があり
ますが、あらためて考えたいと思います。
[PR]
by eric-blog | 2014-10-27 12:09 | ERICニュース | Comments(0)
<< 政治のなかの保育 スウェーデン... 中国外交 苦難と超克の100年 >>