女性史からみた岩国米軍基地 -広島湾の軍事化と性暴力-
藤目ゆき、ひろしま女性学研究所、2010
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小野寺防衛省が、オスプレイで離島に降り立って、その速さと利便性をアピールし、島民それを歓迎するの図が新聞で紹介された。
沖縄と岩国、そしてたぶん厚木がオスプレイの配備基地となるのだろう。
暴力の根源は、どこにあるのだろう?
藤目ゆきさんは、「売春と複合差別」を指摘する。70
戦後、朝鮮戦争時代、英連邦軍は1956年まで呉や岩国に駐留を続け、その間、犯罪が多発していた。69
しかし、日本政府は地域の人々が受ける脅威をなくすよりも、「国連軍」協力を優先した。70
戦後、稼ぎ手を失った女性達の活計。原爆スラムや買春街が「第二の部落」になると、懸念されていた。73
当時の山口県教職員組合は全国に先駆けて平和教育カリキュラムを作るなど、・・・先駆的主導的役割を果たして居た。『山の動く日』(1986)
痛恨の戦時体験を原点として平和教育に尽力していた。76
1954年第二組合設立。日教組は弱体化。79
岩国市の婦人会活動は基地存続を前提に純潔運動を展開。80
過去のことではない。米軍再編を受けて、川下地区ではふたたび大きな負担が追わせられようとしている。110
川下デルタにある被差別部落。米軍バー時代から暮らしている人々がいま生活保護を受ける独居老人になっている。111
そこにさらに加わる艦載機の轟音。どこへ行けというのか。と。聞き取りは生き苦しい。
第一部のしめくくりに著者は以下のようにまとめていてる。
「日米韓軍事協力体制の下で岩国市は平和都市としての再生の道を塞がれ、今日にいたるまで事故、騒音公害、自然環境破壊、数々の米兵犯罪、性暴力と性搾取によって、市民の安全・女性の人権が脅かされ続けてきた。120
日本政府は、これまで基地拡張の国策を受認してきた岩国市民が今回もまた米軍再編計画を黙って受入れると期待していたかもしれない。しかし、市民の意思は06年3月の住民投票によって鮮やかに示された。121
第2部では米軍犯罪の扱われ方が報告されている。
第一次裁判権の放棄という日米密約の存在である。1953年10月28日日米合同委員会。
60年の長きにわたって、この密約は果たして「人権尊重アプローチ」の原則に照らして改定を求められてきただろうか?
国民の政府に対する怒りとふがいない思いというのは、こんなところにねあめのではないか。
『合衆国軍隊構成員等犯罪事件調』(2001-08年、法務省全国検察庁統計)
にも、犯罪増加の傾向は著しい。
M事件、広島事件と、いかに米兵性暴力犯罪が非人道的であるかが、詳細にレポートされる。
暴力はどこから来るのか?
わたしたちも、その犯罪に無関係ではないのだ。