86-3(403)マングローブの沼地で-東南アジア島嶼文化論への誘い
鶴見良行、朝日選書495、1994 84年に単行本で出されたものの選書版。現在は鶴見良行著作集第7巻マングローブに所収。著作集は全12巻、1998から2004年にかけて、みすず書房から出されている。 先週末の5月28日に埼玉大学共生社会研究センター「鶴見良行文庫」開設記念シンポジウムが大宮で開催された。共生社会研究センターは、旧「住民図書館」の住民運動の機関紙やニュースレターを引き取って、収録しているところだが、人気らしい。もちろん、いまも続けて収集しているのだが。『プリズム』というセンターの広報誌がいい。まだ3号までしか出ていないし、どうやら不定期らしいが、そしてこのシンポジウムの案内を載せた以上は、その前に出さなければというので、出したような第三号だが、その記事のおかげで、わたしはNEPAの会の消息を知ることができた。直観型人間なので、「ああ、ひとつの時代が終わったのだな」と思った。 文庫はこの6月1日から開設。場所は南与野、北浦和いずれかからバスという不便な埼玉大学内総合研究機構の建物内らしい。http://www.kyousei.iron.saitama-u.ac.jp/ ぜひ、一度訪れたいものだが、不便そうなので、時間のあるときにするとして、だから「鶴見良行文庫」がどんなものかは知らないのです。どなたか、訪れた方は教えてね。 ついでにシンポジウムの報告もしちゃおう。イデオロギーで連帯していた運動がその意義をなくし、いまアジアと日本の連帯は停滞しているという村井吉敬に対して、内海愛子が「慰安婦問題」など当事者問題によりそいながら、その視点から日本と日本の戦争責任を見つめなおす、そんな運動が継続発展しているはずだ、と指摘。元気のない男たち、回顧嘆(回顧譚ですらない)に走ろうとするオトコたちの中にあって、内海さんは立派だったなあ。はっきりと準備して参加されていたものなあ。 その内海さんの発言からわたしが鶴見さんについて学んだこと。「国家の壁が厚い(過剰国家の日中というのは池澤さんの発言、韓国もそうだと思うなあ)東アジアにあって、海から見てみる」そんなことをしようとしていたのではないか、そして「手持ちのカードわ増やすのだ」と鶴見が言うとき、彼はよく歩いたが、同時によく勉強していた、予習していたのだと内海は伝えてくれた。英文和文を問わず、先行研究によく眼を通していると。 わたしが驚いたのは、あのヌサンタラの航海をした時、鶴見さんは62歳であったということだ。ビデオではとうていそうは見えなかったし、その2年後に癌が見つかり、68歳でなくなられるのだが、晩年の10作(と鶴見俊輔は指摘する)にいたる創作意欲はすごいものがある。俊輔が指摘する10作というのは55歳の『マラッカ物語』から以降の著作を言うのだろうが、すごい勢いで書いている。 それらのことが丸井さんが編纂してくれた「鶴見良行年譜・著作リスト」からよくわかる。この丸井清康さんという方がどういう方か知らないけれど、このリストはとてもよくできている。こんなリストを作ってもらったら、それこそ鶴見さんは本望だろうなあ。 とまれ、やっぱり読んでみるべきは『マングローブ』かなと、北区図書館で借りました。買おうと思います。著作集のは高い(7800円!)ので、選書版を買おうと思います。 内海さんのおっしゃったことがよくわかります。膨大な読書量がこんな風にあらわれているのが彼の文章なのですね。 「村から北の丘陵地帯へ登ってみた。...ゆるやかな起伏のコゴン草の草原...は、サルミエント産業の森林伐採地...正確には伐採の跡地というべきだろう。伐採のあと植林せずコゴン草の生えるがままにまかせてあるのだ。...サルミエント産業には日本資本も参加している。...コゴン草が生えて困るのは、次に樹木が生えるまでに時間がかかるからだ。この草は生のままでも引火しやすくすぐに山火事になる。燃えた跡にまた生えてくるのはコゴン草である。」20 草原のところどころにわずかながらカッサバの畑がある。...このカッサバは、布地の糊材料としても輸出されるのだという。...近代産業はさまざまな需要を生むものだ。おかげで、熱帯のムスリムの土地はひどく植相が変わってしまったのである。」21 あああ、おそろしい。北の丘陵地帯に登って、その草原を眺めている、その部分だけで、2ページの文章がかけちゃうんだよ。恐ろしい。わたしが書いたら「この草原の草はなんだろうか。白、黄、緑とまだら模様の群落が広がっている。ところどころにある樹木は、オーストラリアやカリフォルニアで見たような、クリークのそばのオアシスように育ったものだろうか。村の近くにも畑があって食用植物が植えてあるのに、あのカッサバ畑はなんでこんな草原にわざわざ植えるのだろうね」てな感じですよ。ああ、恐ろしいのは無知なるかな。 現地のヒトが説明する以上のものを見て取っている。「見る」とはどういうことなのだろうか。わたしの父親が、歴史が好きで、子どもの頃は歴史的人物の足跡をたどるというような家族旅行で、馬小屋だとか、小学校の跡地だとか、土蔵だとかを見て回った記憶がある。(中江兆民の生まれたところとか、松下村塾の跡だとかだったのらしいが)それ以来、背景を知ってその場所を訪ねるのが大嫌いなのだ。わたしは。わたしの父親は1925年生まれだから、鶴見さんと一つ違い。父親も歴史好き、博覧強記。よく人の名前だとか、覚えている。本は書いてないけどね。 シンポジウムでも『ナマコの眼(マナコと読むと本人も言っていたらしい)』が話題になり、「ナマコと生コン」などという鶴見さんの言葉遊び的な表現が紹介されたり、「ナマコ的連帯」(宮内泰介さんの言葉、藤林、中島、宮内が写っている写真の中でいちばん印象が変わったヒトである。)などの表現が生まれたりしたキーワードがナマコ。 読み飛ばせるような本でもなく、買うことと決めたので、ここは、要点のみ紹介しよう。「選書版あとがき」からだ。 「移動する暮らしのパターン」について考える。移動分散型社会という概念が島嶼東南アジア社会を特徴付ける。果たして「移動は未開、定着は進歩」と単純に信じていいのか。日本の歴史はあまりにも稲作中心として書かれすぎている。歴史は必ずしも定着農耕地帯だけを舞台として展開したのではない。 そして巻頭。「東南アジアの文化の原型は、海辺の沼地にあるのではないか。...それを確かめたくて歩いてみることにした。」 「沼地文化論は、一種の日本批判である。日本人は、自分の文化を評価するについて優等生主義だ。...優れたものに追いつこうとする。...それでいいのか。...第3世界の救いは、何かに追いつくという発想を捨てたところからしか生まれないだろう。」 5 「統一国家を持たずにいるうちに、西洋列強に食い荒らされてしまった」7 「ネーションというまとまりの意識が成熟しなかったのは...この土地の生産様式と文化が、移動可能な分散的なものだったからである。」 「それこそマングローブから生まれたもの」 マングローブの北限が沖縄本島北部なんだが、なんかわかる気がする。としか書けない自分がいるんですね。うーーーん、博覧強記強迫症だからなあ、わたしは。
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| 2005-06-01 09:54
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