ERIC NEWS 296号 ともによりよい質の教育をめざして  at ERIC/from ERIC 主催研修/受託研修

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ERIC NEWS 296号 ともによりよい質の教育をめざして  
at ERIC/from ERIC 主催研修/受託研修
これからの未来へ 40年をふりかえる もうちょっと考える
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(文責: かくた なおこ 角田尚子
http://ericweblog.exblog.jp/
twitter : kakuta09  FBも)

夏ですねぇ。まわりの空気と、体内の温度が同じで、毎年、環境との一体感がもっとも高まる時期です。「わたし」意識を保つのが難しく、昨日も、山仕事をしながら、ふとバランスをくずして、急斜面をごろりごろりと、たいした抵抗もせず、ころがってしまいました。環境に対してがんばらないのだ。

で、研究者にとっての「がんばり」の見せ所ともいうべき、学会について考えてみました。

゜゜・☆彡学会というものの存在意義*:.。.:*・゜

学会と名のつくものには、大学院生の時以来、まったく縁がないのですが、さまざまな教育団体の会議には時々に、参加しています。平和教育関係のものが多いのは、その「非形式的」な雰囲気が入りやすいせいでしょうか。

「非形式的」であるから、権力構造がフラットだということにはならない、と、いま翻訳中の「構造なき暴政Tyranny of Structurelessness」に論じられています。これは女性団体のあり方について論じられた1970年の論文で、社会運動についてのコースでは必須読み物に指定されているそうです。

「非形式的」な組織は、逆に権力構造がわかりにくく、アプローチしにくい、あるいは「友人関係」が権力構造を決定すると、著者であるJo Freeman aka Joreenは指摘します。

他の学会を知らないので、なんとも言えませんが、常連さん同士の仲の良さは、どこの集まりに行っても、自分もしてしまいますし、他の人も同様のように見受けます。平和教育系の集まりでも同様です。友人関係が権力構造を作っているというのは、正しくその通りだと思います。

「仲良し」を超えて、これらの場を有効に活用するためには、何よりも「共通のテーマ」を持つということに尽きると思います。いろいろな人に話しかけるとしても「伝えたいこと」があることが、「うわさ話し」以外の共通の話題としてあると思います。

しかし、学会というところは、「学ぶ」ため以上に「発表のため」のようでもあり、クリエイティブな議論を実感することが難しい。共通のテーマは基調講演のような一方的な形になり、分科会では発表者次第でテーマが決まる、そんな感じでしょうか。

話し合いのすすめ方の方法論にも、違和感があるのかもしれません。

発表を行ったりもするのですが、参加型学習のすすめ方や指導者育成のプログラムなどの報告中心なので、あまり人気はありません。わたし自身は、自分自身の実践から学ぶ、学び続けることは、十分に「研究的」であると思っているので、研究会受けする研究には取り組んだことがありません。

教育とは偉大なマンネリである、参加型学習が、そのマンネリにならないかと画策しているようなものです。教育現場のDefaultになって欲しいだけなのです。参加型学習が教育現場でのdefaultになるための条件は何か? その一つとして、いま「202020」学級人数20名というのを考えみようとしているのですけれど。

なので、発表することも、いつもやっていることを再整理したようなものです。発表の姿勢も、「こんな新しいことあるんだよ」「調べてみたらこうだったんだよ」ではなくて、淡々としたものです。なぜ、みんながこういう方法をやれないのか、その背景や原因、バリアが何であるか、は本当に知りたいところですけれど。それを追求するための研究の方法論でも考えるかなあ。

クリエイティブな学会がありましたら、ぜひ、ご紹介ください。

この間小耳にはさんだ「映画英語学会」というのは、おもしろそうだなあ。おもしろそうというのは、自分が英語の授業をやるのであれば、ネタが拾えそうだという意味だろうなあ、きっと。

わたしが思う「クリエイティブ」なというのは、参加型学習をdefaultにするためにはどうすればいいかを、語り合う場なのです。共通の問題解決に取り組んでいる学会。ご存知ありませんか?


゜゜・☆彡めざせ 満点アドボカシー社会*:.。.:*・゜

とはいえ、運動団体、市民運動は、幅広くサポートしています。「10%クラブ」というのがあるのですが、自分の収入の10%を、公共的な目的のための活動をサポートするのに使いましょうという主旨の運動です。クラブ員になったことはありませんが、主旨に賛同し、実践しています。

なぜ、賛同しているのか? わたしたちはおよそ収入の1/3を、公共サービスのための支出として、支払っています。税金、水道・電気などの社会インフラ、年金、健康保険などです。わたしは、あまり所得税は払っていませんが、年に数回歯医者に通う以外は、ほとんど医者知らずなので、健康保険は圧倒的に「サポート」する側です。それらの社会インフラが提供されている社会であることに賛同し、コストを負担しているのです。

基本的な社会インフラ系の支出というのは、社会の再生産のためではありますが、そこには「ビジョン」への投資が含まれません。どんな社会にしたいのかを、わたしたち一人ひとりが意思表示することができる支出、それが運動団体への支出だと考えています。

もちろん、税金で「人権フォーラム」「男女共同参画センター」などが運営されているのは、いま、行政に「ビジョン系」、すなわち、これからの社会の方向性を示す必要が求められているために、公共的な投資が行われている例だと言えます。わたしたちは、これまで通りを続けていたらよい社会に生きているのではなく、「どんな社会に生きたいのか」の社会的合意を、常に共有し、検討し、それらを点検の視点として成長し、学び続ける社会として、よりよく生き続けようとする社会に生きているのです。そのために必要な投資の原資をどこに求めるべきなのかが問われています。

公共的な投資がなくなってしまえば、特に社会的弱者の問題についてのセクターは、それを享受する人びとが、経済的弱者であるがゆえに、受益者による負担を期待することが難しくなります。

一方で、民間の資金はどうでしょうか? 「ビジョン系」活動は収益事業ではなく、啓発的な活動です。問題は、公共性に対する支出をするような「市民性教育」が行われて来たか、意識化と行動、スキルの学びの機会があったかということです。わたしたちの「未来へのパンくず」を前へ前へと撒いて行くための原資は、わたしたちが担うのだという意識を、わたしたちは育ててきたでしょうか?

人権教育や男女参画の意識化ということへの公共的な投資の効果が、社会的にはどんなところにあるのかを、理解していない人が、単純なコストカットに走っている。あるいは、これまでの「ビジョン行政」の方向性そのものに疑問を呈しているということなのでしょう。方向性に疑問を持っているのであれば、替案を出して欲しいところです。

人権尊重、男女共同参画などへの投資は、以下のような社会的効果をもたらしています。

1.社会参加に不利な条件にある人に対するエンパワメントを行うことによって、この社会に対する信頼を得ることができる。構成員による信頼は社会の健康さの指標である。
2.社会参加に有利不利が存在することを多数派、あるいは力の側にいる人びとに対して知らしめる。あわれみではなく、共感と協力によって、問題解決をはかろうとする姿勢を育てる。

というか、人権啓発はこの二つの目標で行っているはずです。

『いっしょにすすめよう! 人権』では、人権尊重社会の実現のためには、究極的には、「気づきから行動へ」、人権問題について、それぞれの問題提起を受け止め、問題解決をはかるためには「めざせ 満点! アドボカシー社会」を提案しています。問題解決のためには、当事者が問題提起をする、それをサポートする、それを受け止める。そのような社会の姿勢が育っていくことが必要です。

運動団体を支援するという自分自身の意思表示も、アドボカシー・社会的低減活動の一つだと思います。

わたしたちは共生の社会に生きています。

さまざまな問題提起に心を開く姿勢を保ち続けたいものです。


゜゜・☆彡参加型学習で目指すもの*:.。.:*・゜

参加者の意識の流れを掴むために、課題はわたし自身も取り組むわけですが、発見も多いです。福岡の研修で「〇〇の健康診断」を考えた時は、「学びの場の健康診断」を考えました。考えた指標は、ブログで紹介しています。http://ericweblog.exblog.jp/15909047/

さらに深めて「なぜ」を考えた時、自分自身の価値観として発見したのは、「いい時間を過ごして欲しい」ということでした。

なんだ!それなら、多くの教育的指導者たちと同じ目標を持って取り組めるじゃないか。参加型というのは「集中・発見がある」に加えて、参加のスキル、高次の思考スキルなどのスキルアップを同時に狙える優れた教授法ですが、それにこだわることなく、実践に目を向けてみれば、「いい時間を過ごして欲しい」という思いを共有している人はたくさんいるはずです。

大人の学習者の「いい時間」というのは、こんな風に整理することができると思います。
1.良質な情報
2.良質なコミュニケーション
3.自分自身への気づき
4.課題の共有と共感

ファシリテーターは、その時間のために努力するのです。

ところが、学齢期の学習者の「いい時間」には、「発達課題」という軸が大きくなりますね。

例えば、知的障害をもつ子ども対象の養護学校での研修で気づいたことです。初等部の先生は「ありがとう」という感謝も、「ほめる」ことにつながると考えて、一日最低5回は、「ほめている」と自認しておられます。

ところが、高等部の先生は、「先生にほめられるような行動ばかりをしようとする」ことに悩んでいました。初等部ではよくても、高等部の発達課題を考えると、それは違ってくる。高等部では、社会適応や人の役に立つということが、直近の人間関係より以上に広がることが期待されるのです。

あまりにも強く「ほめられることをやる」ことが教化されたため、脱学習が難しくなるのかもしれません。

教育的実践家の三つの省察「技術的」「実践的」「見通し的」省察。学齢期の子どもの発達については、より「見通し」をもった対応が必要だということだと思います。

いま、子どもたちが学んでいることは何か? そして、それは、どのような結果につながっていくのかという見通しをもって、「いまのいい時間」を最善化する必要があるということです。

継続的に取り組むことができるのが、学校教育の強みです。だからこそ、「考える力」「市民性のスキル」など、持続可能な開発のための教育や国際理解教育センター、環境教育、人権教育などに共通するスキルの習熟を、どの段階でも共通の目標とすることで、見通しを持った教育実践につなげることができるのではないでしょうか?


゜*:.。.:*・゜ESD  ファシリテーター養成講座 2012年.・。・*:.。.:*・゜

終了した回については、報告をブログにアップしています。今年度の主催研修は、まさしく、ファシリテーターの力量アップのための、「2日間集中ゼミ」ですね。ERICというリソース満載の場にも、感謝です。

第一回 テーマ「環境」/PLTファシリテーター養成講座「リスクに焦点」 
    2012年6月23-24日
プログラム予定
http://ericweblog.exblog.jp/15398448/
研修記録報告
http://ericweblog.exblog.jp/15642643/

第二回 テーマ「国際理解」/「ワールド・スタディーズの学びかた・教えかたをESDに活かす」 
   2012年7月21-22日
プログラム予定
  http://ericweblog.exblog.jp/15405231/
研修記録報告
  http://ericweblog.exblog.jp/15834944/

第三回 テーマ「人権」/「人権のための教育-解放教育の果たした役割」
   2012年9月29-30日
ブログラム予定
  http://ericweblog.exblog.jp/15405209/

4. スキル「対立から学ぼう」 2012年10月27-28日
5. スキル「市民性を育てる」 2013年1月26-27日
6. スキル「TEST13 Teachers' Effective Skill Training 教育力向上講座 

次週のニュースは、お休みです。


**********************************************************
  (特定非営利活動法人)国際理解教育センター
ERIC:International Education Resource & Innovation Center

〒 114-0023 東京都北区滝野川1-93-5 コスモ西巣鴨105
  tel: 03-5907-6054(研修系) 03-5907-6064(PLT・テキスト系)
  fax: 03-5907-6095
  ホームページ http://www.eric-net.org/
  Eメール   eric@eric-net.org
  blog 「 ESD ファシリテーター学び舎ニュース http://ericweblog.exblog.jp/
  blog  「PLT 幼児期からの環境体験」
http://pltec.exblog.jp/
  blog 「リスク・コミュニケーションを対話と共考の場づくりに活かす」

http://focusrisk.exblog.jp/


**********************************************************
[PR]
by eric-blog | 2012-08-06 12:37 | ERICニュース | Comments(0)
<< トガニ 幼きひとみの告発 人権研修 ファシリテーター養成... >>