ミドルクラスを問いなおす 格差社会の盲点

ミドルクラスを問いなおす 格差社会の盲点
渋谷望、NHK出版、2010
1834冊目

すごい本だ。
「ミドルクラスとは、資本主義の圧力、人びとから生産手段を奪い、人びとを労働者階級にとどめようとする圧力に個人でたち向かう人びとのことである。」

労働者階級が、団結して闘ったのに対して、ミドルクラスは学校で勉強し、高等教育を受け、就職活動を切り抜け、昇進のために仕事にはげみ、スキルアップする、個人の力で抵抗しようとする「孤独な群衆」なのである。

なんて痛快な!

そして、ミドルクラス社会においては、団結の力、組合の力で昇給を勝ち取ったものは「恥」の感覚をもつという。なぜならば、それは「自分の力で獲得したものではないから」だ。

ここに、いま、大阪で雇用を切られている人びとの感覚に近いものを感じる。
彼らは「特権」に慣れていないと、わたしは感じていた。特権階級が彼らの特権を手離さないほどの固執がないように感じる。その理由の一つが、これなのかもしれない。

この著者の前著『魂の労働』を読まなければ。

それと、災害資本主義について、ナオミ・クラインのインタビューがネットで見ることができるそうだから、それも見なければ。DemocracyNow! Japanにて
http://democracynow.jp/video/20070917-1

災害によって資本は太る。

わたしたちは、その現実を目の前に見ているのではないか。
そして、それは戦争によって太った資本を見れば、当然諒解することができる、同様のメカニズムだ。
最近の例として9.11があげられているが、わたしたちはそこに3.11を追加することができるだろう。

生活を破壊された人びとは、ショックを受け、茫然自失となり判断力を失う。
人びとの絆が失われ、そこに資本が救いの手を差し伸べる。

ぞっとするような予言だ。

ミドルクラスが住宅取得にかける熱意。コスト。

しかし、個人の能力は、果たして、個人の能力なのか?

以下、関連ページ
個人の努力 18
中谷巌「モラルハザード症候群」29
日産の労働組合対策 36
「負い目」の感情 50
自律した主体であろうとすればするほど、従属に追い込まれていく 99
災害資本主義 184
災害状況における例外状態 法を停止 192
ミドルクラスの精神は、もはや傭兵のそれと見分けがつかない 194
「能力」は個人のものではない 「能力」も「共有の能力」とでもいえるもの 222
能力は共同体(コモンズ)からの借り物である 224
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by eric-blog | 2012-06-28 20:09 | ■週5プロジェクト12 | Comments(0)
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