終わりの始まり、迷走する帝国

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終わりの始まり   ローマ人の物語XI

マルクス・アウレリウス161-180
コモドゥス180-192
内乱の時代193-197
セプティミウス・セヴェルス193-211

五賢帝の最後と言われるマルクス・アウレリウスは、哲人皇帝と言われながらもその実は戦争に明け暮れた時代だったらしい。アントニヌス・ピヌスがローマにとどまって、属州や防衛線の実態には疎いままに終わったこと、その後を継いだマルクス・アウレリウスにも軍隊・辺境地域経験がないままに皇帝になってしまったこと、それが、皇帝が変わったときに、起きる辺境での蜂起や、パルティアの侵攻などに対する対応を遅くしてしまう。ハドニアヌスが属州を回り、またその後継者にも属州勤務経験を必須と考えていたのと違い、マルクス・アウレリウスは先帝からそのような配慮を受けてはいなかった。ピヌスの養子としてマルクス・アウレリウスとルキウスは血はつながっていなかったが、兄弟として育つ。次期、そしてその次の皇帝として。
しかし、マルクス・アウレリウスは、自分が皇帝になったとき、ルキウスも共同皇帝として指名する。ルキウスは皇帝になって5年で死んでしまうが、マルクス・アウレリウスが皇帝の責務を果たそうと努力したのに対して、何もしていない。
パルティアがアルメニアの王を反ローマ派にすげかえたことについては、ローマ軍は一年で奪還、次にはパルティア国内にも進撃、そのために、王国の力が弱り、次のペルシア帝国の侵略への端緒を開いたのではなかったか、というのは、後から考えたこと。
さらに、ボヘミア、ブリタニアと蛮族の攻撃が続く。それは、直面する部族の移動ではなく、その背景にあったサルマティア、ゴートなどの民族の南下があった。そのため、マルクス・アウレリウスはダキアと同じくボヘミア地帯に防衛線を押し出し、そのことで緩衝地帯を得ようとする。しかし、戦略のまずさからか、10年もの時をかけてしまう。
59歳で皇帝が死に、その息子のコモドゥスが皇帝になって、最初にしたのが、この戦線からの撤退であった。しかし、この撤退が実際はその後の60年の平和につながるのだ。何が悪く、何がいいのか、わからないとはまさしくことのようなことなのだろう。
コモドゥスは、「何もしない皇帝」であった。17歳で皇帝になった後、19歳の時に、実の姉による暗殺計画の的になる。そのことが猜疑心を生み、狭い範囲の人としか付き合わない生き方へとつながる。

そして、自分の奴隷による暗殺、時代は内戦へと続いていく。
セヴェルスがその内戦を征し、皇帝になる。彼は防衛強化のために軍隊の優遇策を行う。それが軍人と一般人の隔絶と、ローマの伝統の崩壊へとつながり、軍事国家への道へと続いていくのだそうだ。何が悪く、何がいいのか、わからないとはまさしくことのようなことなのだろう。
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迷走する帝国  XII
2003年

図書館には12巻までしか並んでいないので、これが最終巻かと思っていたら、違うんですね。この後が楽しみ、というか、キリスト教化していく帝国を塩野さんはどのように描くのだろうか、とても興味があります。

で、この12巻が描いているのは、哲人皇帝と言われながらも紀元2世紀の民族の移動に刺激された蛮族の侵入への対策に明け暮れたマルクス・アウレリウスまでの5賢帝の、その後のローマの物語。3世紀のローマは73年間で22人の皇帝がたつという混乱期。軍事的混乱が内政的混乱につながり、その混乱が軍事的混乱と戦略の継続性の欠如につながり、それがいかなる有能な軍人の働きすら無効にしてしまう、正しく悪循環の時代を描いている。だから、ちっともおもしろくない。この時代の特徴を3つだけ紹介する。

カラカラ帝が212年に「アントニヌス勅令」を出して誰でもローマ市民にしたこと。そのため、属州民もローマ市民と同じく軍隊に志願できるし、防衛が義務となる。そのかわり属州税は廃止。軍事に当てられる歳入は相続税と奴隷解放税のみとなる。
また一方で「国を守り立てる気概の共有」を目指したにもかかわらず、結果的には取得権を既得権にしただけで、そのために取得にかかわる上方移動のチャンスを狭めてしまったということ。31

ペルシア王シャプールに、皇帝ヴァレリアヌスが捕虜とされ、皇帝擁立の混迷が深まること。260年。217

皇帝ヴァレリアヌスの息子で、兄とともに253年から共同皇帝であったガリエヌスがたった一人の皇帝になってから発した「元老院」と「軍隊」の分離法。その結果、元老院議員は属州提督などの軍務体験をしない政治担当者が増えた、そして、軍人皇帝が元老院によって承認されていく構造が強まる。軍人同士であるならば、東方担当、西方担当、そして北アフリカ担当の総督を、身近に知る兵隊が支持しがちなのは避けられないことだし、また、軍人同士も元老院経験、あるいは貴族、あるいは皇帝の血などなんらかの「正統性」のない擁立に対しては、やすやすと対抗しようということになる。240

さて、この巻でも塩野さんが一章を割いているのが「ローマ帝国とキリスト教」である。322-
キリスト教が広がった原因をギボンという人は、一神教、魂の不滅と未来の生、奇跡、禁欲、キリスト教コミュニティの形成の5つとしている。
ドッズ教授は排他性、普遍性-誰にでも開かれていた、希望と指摘する。3世紀の不安と内戦が続く社会にあって、希望や救済が強く求められていたこと。
そして、キリスト教コミュニティの仲間に入ることには、具体的な現世的な利益も入ってきたということ。『不安の時代の異教徒とキリスト教徒』
不安の時代にはかえって不寛容な教えの方が力強く見える。335
ユダヤ教よりもキリスト教の方が現実に歩み寄ったのではないかというのが塩野さんの見方。偶像崇拝、割礼、公職軍務、いずれもユダヤ教にあっては、歩み寄ることなく続いたものが、古代キリスト教から3世紀以降のローマ帝国におけるキリスト教では、この3つとも違っている。誰にでも開かれているということは子どものときに割礼を受けていなくても大丈夫ということになる。入信の儀式は洗礼のみということになる。また、偶像崇拝禁止は、神ではなくその子のキリスト像という形でゆるされるようになったのだろうか?
ユダヤ教の「選ばれた民」という閉鎖性のなさが、さまざまな民族の混在するローマでキリスト教が広がった要因なのではあろう。

さて、まだまだ続くローマ人の物語。大団円はどこにあるのだろうか。予告では全15巻となっているのだが。一年一冊12月に刊行されているから、2004年12月が13巻、2005年12月が14巻、2006年12月が15巻なんだね。
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by eric-blog | 2004-11-02 10:21 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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