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中国魅録「鬼が来た!」撮影日記

372-2(1592)中国魅録「鬼が来た!」撮影日記
香川照之、キネマ旬報社、2002

演劇におけるスタニスラフスキー・システムというのは、役柄のその状況を生きること、そこに自分の生を出現させることだ。

姜文という監督によって、中国の河北省の、最貧困地域の寒村と、映画のためにダム湖の中の島に作られた、セットという名の10軒ほどの集落で、5ヶ月を過ごした日々の日記。1998年の8月から1999年1月までの記録。

この本はその日記を元に、著者自身が書き起こしたものだ。

『日本語の学校』の鴨下信一さんは、俳優さんたちは文章がうまい、という。
一つには、観衆に対する「魅せ所」を知っているから、そして、もう一点は、彼らの観察力のためだという。

香川照之さんも、文章がうまい。読ませる。しかも、いま、『日本語の学校』ワークショップで、鴨下流「文章の味わい方」を学んでしまった。そのため、うまい文章は特に、速読できない。味わいつつ、速読する技術は、まだない。従って、今日は、著者とともに、どっぷりと、氷点下へと凍り付いていく、乾燥しきった黄土色の風景に、浸食されつつ、これを書いている。

『鬼子が来た!』でも紹介したが、ぜひ、見てください。
http://www.tudou.com/programs/view/nF0Y-Zl6upY/

2000年のカンヌ映画祭の最高賞は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だった。この映画は見ている。うーーん、その頃、これを見ていなかったというのは残念だ。

あの、洟垂れるシーンは、本当に極限であったことが、この日記でわかる。

中国の監督の、「映画を作る」という「この一方向だけに向いた太い力こそが映画の中のパワーとなって反映されている」159

そして、それを可能にする中国の人びと。欲望にまっすくで、日本的な気遣いや常識をいっさい共有していない人びと。

・撮影のために準備された消え物をくすねて、セットの横で販売する人がおり、市価より安いそれの野菜や酒を並んで買う人びとがおり。
・日本からの雑誌小包からは、一冊以外は抜き取られて届き
・毎日通う航路に、毎日霧が立ちこめるが、何時間とさ迷う日常を続け
・広い道路の真ん中でトラック同士がにらみあいを始めたら、延々と後続の車ごと大渋滞を作り出し
・宿舎の小姐たちは、悪びれることなく、モノをくすね
等等の日常に加え
◯シーンの中で眠り込んでしまう素人俳優のために取り直し
◯玄人俳優が台詞をとちるので150回も「とっかかり」の台詞を言わされ
◯スタントでもいいはずの麻袋に入れられたシーンも本人が入り
◯布団にくるまれて縛られているシーンのために、7時間も縛られっぱなし
◯ほんとうに、ほんとうにビンタされ
などなどの撮影現場での「生身」の状況。

そして、この日記は、そのような諸状況の積み上がりの中で、どのように俳優の精神が変化していくか、それがどのように内在からの演技として表現されていくかが、みごとに、描き出されているのだ。

農民から兵隊へ、兵隊から農民へ。
農民化してしまった恥辱を抱えた兵隊の屈辱と混乱へ。

日中関係がどうの、あの戦争がどうのというところを越えたものを、描いているのだ。
by eric-blog | 2010-11-17 14:47 | ■週5 プロジェクト10
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