POWERSHIFT

56-6(236)POWERSHIFT
Knowledge, Wealth and Violence at the Edge of the 21st Century
Alvin Toffler,
南雲堂、1992年、2000年9刷

2002年に購入しておきながら、やっと、この頃、「暴力」「パワー」との関係で読み始めている。注文してみたら英文だったということがわかったという本だ。

力の源泉が何であるかということについて、それがどのように変遷してきたか、そしてこれからどうなるかについての本である。題名そのままだ。

トフラーは、「力」の源泉を以下のようにたどる。

土地、労働力そして、その時代「富」を生み出す、しぼりとる?、ために物理的暴力、奴隷に対するムチのように、が使われたという。
生産機械、資本この時代、「富」を引き出すために使われたのが「お金」の力。賃金という形で。
そして、産業社会は、暴力の独占、暴力概念の法概念への昇華、圧倒的な人口の貨幣経済への依存という3つの変化によって、産業社会のエリートは支配をあからさまな暴力によることなく成し遂げた。
そして、次なるパワーシフトが起こっている。
情報
トフラーは、第二次世界大戦のような「トップ・シークレット」についての情報ではなく、21世紀は、コンピューターの導入による「人の行動パターン」「人のライフスタイル」「願望のゆくえ」についての情報を握る小売業者が富を得たという。とはいえ富は
お金という形をとって集積され、しかも国境を超えた形で、実際に取り引きされる「モノ」の価値の10倍にもあたるお金が動いている。
このような巨大な資金の流れについて、国際的な基準が求められてはいるが、いまだ実現していない。
そして、これからの社会における「力」とは、機会と必要、混乱と秩序のコンビネーションだと言う。

日本のヤクザと総会屋を例に出して「暴力が金を生む」ことを示しつつ、「暴力、富、知識」の3つのパワーの源泉が現在革命過程にあるという。

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たった88ページの小冊子であるのに、であるからこそか、読みにくい本であった。満たされない予告とほのめかしの連続。
それは、「力」の源泉がどのようにシフトいくかについては何も語られておらず、ただ「知識」が鍵であると言うのみであるだろうか。例として日本企業や第二次世界大戦などが出されているのが、日本社会にとっては親しみやすかった、というところか。
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by eric-blog | 2004-09-22 18:01 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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