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閉ざされた言語・日本語の世界

346-2(1502)閉ざされた言語・日本語の世界
鈴木孝夫、新潮選書、1975

日本語教のすすめ、2009
こちらは『新潮45』に連載された「日本語万華鏡」を改名して一冊にまとめたもの。著者の思いは「日本語を世界基準の共通語として習熟をすすめよう」というところにあったとしても、最初の連載が「万華鏡」なので、散漫な印象をまぬかれない。再度、なぜ日本語が世界標準となりえるかという論点を整理したものを読みたいと思った。1926年生まれの著者にその再度の重責が担えるかどうか。

日本語は二重文化を生きているという指摘は、すでに青木保氏の「多重層的な日本文化」によっても指摘されている。文化と言語が不可分な関係にある、ことを鈴木氏は戦後日本の例をあげて紹介する。

同音語が混乱をまねく場合、英語圏ではqueanという単語が「クェーン」と発音されていたのに、母音の発音変化で「ea」が「イー」と発音されるようになり、queen女王と同じ発音になり、駆逐された。一方で、日本語では「入場料」にかけて「入城料」、「遊園地」にかけて「遊園池」などと、同音語を楽しみつつ、漢字で、あるいはカタカナの表記で区別がつくならそれでよしとする。

これを一方を音声のみに立脚するラジオ言語、一方を表記、文字にも立脚するテレビ言語と特徴づける。

ドライバー driver 運転手、ねじ回し、ゴルフのクラブの一種

ストライキ、ストライク
ガラス、グラス
パーツ、パート
トラック、トロッコ

住宅ローン、ローン・テニス
フード・コート、コートとフード、テニスコート
ゴルフのリンクス、スケート・リンク
バルブvalve、バルブbulb

なぜ、日本人がこの混乱を収拾させようとしないのか。

「閉ざされた社会の開かれた文化」とこの状態を端的に指摘した人もいた。

閉ざされた社会であるがゆえに、他文化に対して受容的。呑気なのである。
文化を受容することで、アイデンティティがゆるぐとはみじんも思わない。
日本人は日本人なのだから。

外国人が日本語を話せるとは思わない。
日本語を話すのは日本人だけ。

できれば、日本語をやめてローマ字にしたらどうか。というような議論すらあった。明治時代にも、そして戦後にも。

日本語は速読に向いているし、翻訳点数も多い。漢語という専門用語を日常に取り入れることができるので、anthoropologyを聞いて、anthoro=人間、logy=学、というギリシャ語の素養にいたる人は少ないが、人類学と聞いたら、なんとか意味がわかるという違いを生み出している。『口で言えれば漢字は書ける』の著者の思いも、中学生から漢字をやるのであれば、小学生から。中学校以上の学習には漢字は不可欠との思いからだ。

韓国でであった韓国人経済学者は専門書は日本語で読むと言っていた。もっとも多言語由来の専門書が日本語で読めるので、日本語さえ読めれば、大方の言語圏をカバーできるのだと。

しかし、学習のしやすさは、どうだろうか。Englishがローカルな言語であることをやめていったように、世界語としての日本語にも越えなければならないハードルがある。それは階級遵守語的な色合いだとわたしは思うのだが、さて、日本語教の教祖さまは何というだろうか?
by eric-blog | 2010-04-20 09:10 | ■週5 プロジェクト10
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