<教育>の社会学理論

55-5(230) <教育>の社会学理論
象徴統制、<教育>の言説、アイデンティティ
バジル・バーンスティン著
法政大学出版局、2000年
Basil Bernstein, 1996, Pedagogy, Symbolic Contorl and Identity-Theory, Research, Critique

43
カテゴリー間の疎隔の度合いに応じて、強い分類と弱い分類を区別することができる。言説カテゴリーやジェンダー・カテゴリーなどがそうである。したがって、強い分類の場合にはカテゴリー間は強く疎隔されている。強い分類の場合、それぞれのカテゴリーは、それ独自のアイデンティティや独自のボイス、独自に特化された内部関係のルールを持つ。,,,しかし、強かろうが弱かろうが、分類はつねに権力関係を運ぶのである。

分類原理というのは自然な秩序という力を持つようになる,,,分類が構築するアイデンティティはリアルなものとして、信じるに値するものとして、統合したものとして、統合性の源泉としてとられるからである。したがって、ここで分類原理における変化が生じると、個人の統合性や一貫性の原則が脅かされるのである。

44-分類−いくつかの例
中世における知識の組織は、精神労働のためのと肉体労働のためと2つにはっきり分かれる。(その背景には、精神労働と肉体労働の疎隔自体がある。)
45
言葉と世界は強く分類されているが神によって統合されている。神は統合の原理である。強い分類はあるが、それは断層を作り出してはいない。,,,,言葉への社会化は世界の抽象的な探究を確実にしてくれる。
47
20世紀も,,後半において一つの変化があった。さまざまな個別学が存在する強い分類が変化にさらされ、思うに知識の領域学化が今では存在している。一つの領域学が複数の個別学の再文脈化によってつくり出されたということを意味する変化である。

50-51
これまで議論してきたのは、分類、分類の諸原理への権力の諸関係の転換、こうした分類の諸原理と隠喩的に構造化した空間との間の関係のあり方についてであった。分類は階層化、配分、位置付けという形で社会的空間の性質を構築すると理解できる。,,,そして、こうした分類が権力の諸関係の恣意的な性質をどのように隠蔽し、想像上のアイデンティティをどのように作り出し、偶発的なものを必然的なものへと置き換え、
反なる意識レベルを意味するのではない心理的な防衛システムを個人の中にどのように構築するのかをみてきた。
<教育>実践に立ち戻ろう。つまり、分類する諸原理が、その獲得過程において意識を
形成するコミュニケーション形式である統制の形式をみることにしたい。統制の形式は、<教育>関係におけるコミュニケーション、会話の性質や構築される空間の種別を規制し正統化する。枠づけという概念は、あらゆる<教育>実践において実現される正統なコミュニケーションのさまざまな形式を分析するために用いられるだろう。

56
分類と枠づけが<教育>コードのルールを供給する...<教育>コードのルールは<教育>実践のルールではあるが、<教育>言説のルールではない。さまざまな分類と枠づけの値が強いものから弱いものへと変化すると、組織的実践、言説的実践、伝達的実践、心理的防壁、教師という概念、生徒という概念、知識自体の概念、期待される教育意識の形式、これらにおいて変化が起きるのである。

102
カテゴリー[空間、時間、言説]
評価の方向づけ
統制
<教育>のテクスト
自律性
経済性
におけるコンペタンス・モデルとパフォーマンス・モデルの比較。

238-239
理由づけのネットワーク
普遍的/特有の 地位/人格
文脈が条件的/非条件的 普遍的/特有の

子どもについての普遍的な陳述で地位的な表現とは「5歳の子どもはいつもそうだ」「男の子なら...できるべきだ」「子どもはお父さんに対して,,,そんなふうであるものだ」(年齢、ジェンダー、年齢関係)
子どもについての普遍的な陳述で人格的な表現とは「彼等はいつも疲れやすい」「子どもはそのようなことで動転するものだ」
子どもについての特有の陳述で地位的なものは「彼はたった五歳だ、だから,,,」
同様に人格的な表現ができる。

普遍的とは主語が一般的な集合のメンバー
特有のとは主語が特定非営利活動法人の集合のメンバー
地位的とは、発達、性向、特別な属性
地位的-人格的の次元は、個人が彼/彼女の属性によってみられるあり方
普遍的-特有の次元は、一般的な規範として表現するか、特殊なケースとして表現するかである。
269
「教育知識の分類と枠づけ」でとくにあきらかになったことは,,「教科にはらまれる究極の秘密がはっきりしてくるのは、教育生活のずっと後の段階なのである。しかし、究極の秘密によって、新しい現実を創造する可能性が意味されるのである。...多くの者達にとって知識への社会化とは秩序への社会化、つまり現在の秩序への社会化であり、彼等が社会化される経験では世界についての教育知識は染みわたる力を持たないのである」Bernstein,1971,213-214

278
教師のいうことすることのほとんどや彼等が相互作用する仕方は今の学級や他の学級での教師の経験の歴史に沿って進行するし、他のテクストや書籍や系事物などといった背景に沿って進行する。,,,こうした背景が作り出すのは見えない前提であり、その前提が教室の会話の事例を形成する。

291
言説の地図
垂直的
水へいてき

第10章 コード理論とその位置付け
303
誤解が起こるのには少しの手続きしか必要ないが、その誤解を解くには多くの手続きが必要である。

ところどころ、おもしろいと思う表現はあるのだが、全体が何をいわんとしているのかがよくわからない。そのままに図書館に返却します。蓄積が進めば進むほど、本は分厚くなり、分厚さの割に新しいことを言っている部分は少なくなるような気がする。
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by eric-blog | 2004-09-16 19:06 | ■週5プロジェクト04 | Comments(1)
Commented by eric-blog at 2004-09-16 19:08
昨日、累計でブログ訪問者が2000人を越えました。とはいえ、毎日見て下さっている人もいるようで、キンチョーしますね。
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