ローマ人の物語

55-2(227) ローマ人の物語「ハンニバル戦記」
塩野七生、

広島まで2時間の研修のために出張。
覚悟を決めて塩野七生の「ローマ人の物語」文庫版3巻4巻5巻を携帯。折しも話しは、ローマの共和制成立を扱った1巻2巻から、第1次ポエニ戦争、第二ポエニ戦争いわゆる「ハンニバル戦争」、そしてシリア、マケドニア、ギリシアなどとの戦争を経て、第三次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡までの段、息をも吐かせぬ面白さである。読後、これほどの歴史叙述家が日本人であり、しかも女性であることに、単純に優越願望が満たされるのを感じる。同時に歴史の面白さとはそのようなものだろうと思うが、これら諸国の今の姿を見、また別の国の姿に教訓を当てはめる。あっ、と思わせられた描写をいくつか。「ハンニバル戦争」に翻弄される中、ハンニバルのスペイン根拠地であるカルタヘーナ攻略に成功してローマに戻ったスキピオが、元老院に対して、アフリカへの赴任、すなわちカルタゴ本国への派兵を求めて論戦する場面である。5巻22「高齢者だから頑固なのではない。...優れた業績をあげたことによって、彼らが成功者になったこと...成功が、頑固にする。...
自信が、別の道を選ばせるのを邪魔をする。...抜本的改革は過去の成功に荷担しなかった者によってのみ成し遂げられる」
共和制の確立、異質な他者を内包しつつ、あるいは併存しつつ多様性を尊ぶという政治的文化的発展を遂げていたローマを、希代の武将ハンニバルがその挑戦によって軍事的にも強化した。そのローマが戦争に勝っても支配せず最低限の自衛による独立を保証しながら共存をはかる「穏やかな帝国主義」。敗戦国に対するこの寛大な処置による平和がなぜ続かないのか、塩野の口調は悔しげですらあるようだ。塩野の分析はこうだ。保護と被保護の関係にあるものが同じ視点に立つこと。ローマ人社会では成り立つこの「保護」「被保護」の関係は「信義」によって成り立っており、同様の関係を他国との間で保つにも共通理解が根底にある必要があるということだろう。考えが違う他国との間では一方の寛大さは違う理解がされることになる。そして、度重なる理解のずれから、ローマ内部にも変化が。次の出張はどこ?
ローマの理念はどのように、そしてなぜ変質していくのか。
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by eric-blog | 2004-09-14 19:43 | ■週5プロジェクト04 | Comments(0)
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